北鑑 第一巻

吉次花押

奥の歌枕抄  みちのくとはに

〽惜しまじな非情草木背燭の
  定めなき世代のわれとは知らず

〽衣川花はあらしの露の身は
  思ひ入るさの羽衣なれや

〽栗駒の峯の嵐か平泉
  思ひば鐘も無常を告ぐ

〽和賀の川朝立ち添ふる時を得て
  鬼の舞つる極樂寺坂

〽水澤の阿弖流伊母礼をたばかりて
  みやびにつれて首討田村

〽矢をうけて今はの時に聲出ず
  目にぞ語るる日本の君

〽櫻川稲束山を楯なして
  柳櫻の御處にかけまく

〽淨法寺本地大智の盧遮那佛
  安倍の菩提に老杉の露

〽厨川猛灾の煙り楯なめて
  ししむら叫ぶ目もくれなゐに

〽みちのくの草木國土のみなながら
  紫染むる日之本の國

〽かほよ鳥心外なる春霞み
  そことも知らずねぐら越えゆく

〽仇人を丑刻參る武家妻の
  肝膽砕く打釘の音

〽かこち身で怨みは源氏あらぶるの
  因果は今ぞ今更さこそ

〽前の世の今にかかれる假命
  つれづれもなくかだみてぞ逝く

〽心だにげにや祈りつあらはばき
  岩手の山にかけてつみつつ

〽国富て襲ひし賊は倭の犬ぞ
  討たれし群は雪に吠えけん

〽前澤のそれわが山は月も日も
  もる我さへに雪ぞ天斬る

〽分けきつる山また山は麓にて
  峯より峯の奥ぞはるけき

〽北上の舟の泊りや戦さあと
  黑澤尻の風もうつろふ

〽朽ち果て流れに落し猿石の
  川に螢のみだれつし郷

〽生保内の岩もる水の峠より
  軍の駒はいさみいななく

〽よるべにもいづくはあれど雄物川
  もろはく髪の清水をくめむ

〽しほがまにいつか来にけんあさなぎに
  釣する舟はここによらなん

〽知られじなかはる契りの末松神に
  末の波越す恨ありとは

〽君まさで烟たえにし鹽竈の
  うらさびしくも見え渡るかな

〽陸奥のおくゆかしくぞ思ほゆる
  壺の石ぶみ外の濱風

〽陸奥の外の濱なる呼子鳥
  鳴くなる聲はうとうやすかた

〽子を思ふ泪の雨の蓑の上に
  うとうとなくはやすかたの鳥

〽奥の海汐干のかたに片思ひ
  想ひやゆかむみちのながてを

〽君をおきあだし心をわがもたば
  末の松山波も越えなむ

〽日高見の月も光ぞ優ならん
  波も嵐もひさかたに消ゆ

〽なまはげの青鬼アオキ赤鬼アカキの吠聲に
  童は隱くる母の腰巻

〽土崎の浪ここもとにぶりこ採る
  乙女の裾はとよりかくより

〽鳥海の山は雄々しくさえかえり
  月をも日をも天仙理王

〽山吹の花にも似たり將門の
  遺姫はねむる生保内の郷

〽憂世とは昨日の花は今日の夢
  末葉に露の散らぬものかは

〽あぶくまの流れにうつゝうたかたは
  人の末路に思いいづらむ

〽蟬音ふる最上の川を舟下り
  水も眞夏はかげろう燃ゆ

〽富士見ても富士とはいはぬ道奥の
  岩木お山の雪の曙

〽北辰のまつおまないに月仰ぎ
  夜釣りの海にいさり焚きける

〽いとせめて恋しき時はうば玉の
  夜の衣をかへしてぞぬる

〽ものいはじ春はいくばくうつろへば
  人の心に逝く月日かな

〽鈴虫の鳴きつる草を踏ましまず
  駒止め置きて秋は身に露

〽言の葉は時めく花の香を添へて
  想にのべてわりなく契ぎる

〽平泉花の跡とてすぎ間吹く
  衣の関と程だにありし

〽米代の流れあふべき田畑をば
  水洪ふ里のあわれなりける

〽地を産みて海を押出す岩木川
  上磯下磯の往来舟唄

〽龍神の宮にまかりて將門の
  遺姫を護らん辰子ぞあわれ

〽高清水倭人に榮ふ古事の
  社の山王あとかたも無し

〽魚住まぬ十和田の湖に住む主は
  蛇體一里の龍住みてこそ

〽ばんだいの山に腰かけ鏡をば
  猪苗代湖に見みえし夢を

〽めでたけれ笹に黄金のなりさがる
  ばんだい山のいつきまつりを

〽草摺を鳴して駆る夜討殺陣
  咲き散る花のしのぎを削り

〽見うずるに逝くこと易き阿津賀志の
  山吹散りゆ鎌倉嵐

〽雲と見し霞の裾に藏王山
  木立は雪の塊と神立つ

〽たたねなり晢し岩根の睡言も
  追手の迫る姫神の山

〽もどかしやうたての人をこりもなく
  まさらうずるに太刀振り教ふ

〽よしなくもあだたら山にあしびきの
  宿かりがねの賊を討なん

〽また春の花をし思ふ見てのみや
  生死長夜の琵琶を彈なむ

〽戦勝つえいじもおどる夜もすがら
  主の鎧を脱がす妻の手

〽人知れず不覚の涙ひたすらに
  厨の瀬音聞きて恨めし

〽牛の小屋身の置き所草むしろ
  君兒はつらくふところに泣き

〽落ゆ途忍び忍びにつらきもの
  東日流は近く糠部野を發つ

〽松島のそなはる島に松繁る
  海のつくりし神の浦島

〽代々をして敵風障ることなきに
  仇は内吹く出羽の清原

〽煩惱は飼いにし犬か繋げども
  縄斬り失せて反く富忠

〽小野小町あわれ昔の恋しさに
  匂はぬ袖に香を焚き忍ぶ

〽秋風の陸奥八十島に宿とりて
  窓うつ風を君なよばいと

〽里の名を聞かじといひし白眞弓
  心も空に多賀の夕映

〽田村麻呂陸奥にありこそなまくらに
  京都に入りて汝れ鬼となり

〽こつじきはわが日之本を蝦夷めかし
  仇筆綴るなほ染めぞかむ

〽十三湊そむきし浪に生絶ふる
  枯木を抱きて啼ややませに

〽蕗の葉に飲むは谷水陸奥の山
  越えに越えにし釜石の道

〽赤川の朝日に祀るなまり神
  こぞの石燒く柔き白銀

〽十二神旭日を祀る山おがむ
  閉伊の濱人號く淨土泻

〽しののめの坂行く杖もなほぬるる
  金色堂の杉山露路

〽おぼつかな道奥紙の漉造る
  しばれる冬の皮打洗い

〽常住の家こそありて暮しとも
  空しく光陰渡るべからず

〽いづくにも生あり乍ら起きもせず
  果報を寝て待つ身の果さらに

〽うつつなき身はうたかたの世に流れ
  しどろもどろに君に仕へて

〽乱れ髪解けや手櫛のあらけなき
  解けとこそなれ櫛を磨けむ

〽音無しに咲きそめにける梅の花
  匂ほはざりせばいかで知らます

〽歳を経し糸の乱れの苦しさに
  衣の舘はほころびにけり

〽わが国の梅の華とは覚いしに
  大宮人は如何に言ふらむ

〽みとしろの日もくれ消えていふならく
  東日流の山に吾れを埋めよと

〽やみやみと謀れる敵の馬騒ぎ
  ここぞ討つなんのぶかにぞ撃て

〽行方をも心もとなや思いには
  命つれなくいぶせく住みて

〽手束弓なかなか的に矢を射つる
  やたけの敵を首撃抜きぬ

〽昔より弓矢の家に育まるる
  朝夷三郎陸奥にありがひ

〽すずしめの荒覇吐神祈り残して
  駆馬の砂塵雲とあげまく

〽都をば霞と共に立つしかど
  秋風ぞ吹く白河の関

〽いたづらにいづちもあだし三界は
  けしたるさもし源の漢

〽花にめで霞に閉ざす清原は
  人はあだたる遺るがもなき

〽髪おどろ月にもうとくわれからと
  空も重ぬる大瀧根山

〽昔より西の彼方に時を日を
  神を交して日之本は成る

〽あかねさし日の出日の入り刻と知り
  北辰軸に海を越えなむ

〽白鳥も北にぞ往来あしたづも
  狩らずば今に飛びくるからも

〽蘆刈りて蘆屋に蘆焚く北上の
  川辺に絶ゆる蘆ぞなかりき

〽大寒のすがまわたりて氷掘りゆ
  綱潜らしめ大泻の漁

〽襲ふ雨大葉の蕗をかさとして
  秋田乙女の家路ぞ急ぐ

〽熊を狩るまたぎの神の掟あり
  手負へ赦さず息ぞ速止む

〽三陸のわだつみ渡る鯨をば
  銛打つ者の己が身もがら

〽馬雄を睾丸抜きて尾に結び
  野放し育む陸奥駒の人

〽石の火を古へ今での習へとて
  道こそかわれ神まずないに

右の古歌ぞ、よみ人知らざる多し。然るにや、遺ぬを以て記逑おき、諸人の趣に呈しなん。

享禄庚寅年十月二日  秋田住人 安東菊季

第十七画要図  丑寅日本国風景

權七花押

第一画 東日流上磯

第二画 宇曽利

第三画 閉伊

第四画 秋田

第五画 仙北

第六画 庄内

第七画 藏王

第八画 會津

第九画 白河

第十画 越前

第十一画 渡島

第十二 釜石

第十參 松島

第十四画 岩手山

第十五画 岩木山

第十六 烏涛安泻神社

第十七 後方荒覇吐古宮羊蹄山

 

制作:F_kikaku