北鑑 第十七巻

注言之事
此の書は門外不出、他見無用と心得よ。一書とて失ふべからず。

寛政六年七月日   秋田孝季

一、

白河以北は、一山百文と曰ふ。下賤の地にぞ圧せられ、歴史は公史をして化外地に住むまつろわぬ蝦夷とて、倭人をして人の種を異に差別を以て、人の向上をさまたげきたるは、西の倭人なる人師論師なり。

太古より衣食住の安心立命にある泰平を踏み破り、北方の避地へと押上る倭人の輩は、非理法權天の下るべく神をも冒瀆し、自からの祖を神と奉り、民はその下に從ふべく、權力の政圧ぞとゞまるなく、いざこそ是れに反きあれば、国賊とて誅圧し、民を下敷に贅のまゝなる宮殿、神社、佛閣を羅列して都となし雅やかなる遊樂の殿上にありて、民の衣食住を犯して成れる租税にて隱謀術數を常に、戦乱の凶兆を招きて、都度の爭乱に民を徴して、人命を箭の如く染血と死屍を以て、己が生權の勝敗に賭くるさま、未だに朝幕藩政にぞ續き居りぬ。

されば、かゝる憂き世を如何にして安心立命の境地とせんや。目には目を、歯には歯をと報復以て爲すは、唯、人命を下敷く他非らざるなり。人は畜生より理をわきまえ、その生々を衣食住に以て、相互の睦を欠きて生々ぞ難に遭遇ある耳なり。

吾等が祖来、丑寅日本国に存命して、忍びに耐え、貧に偲び、隣人の睦みを以て、生々今に子孫を遺せり。太古なる無爭の生々に国を肇めたる丑寅日本国の淨土は、歴史の彼方に去り、今は倭人の權下に、いつまで續くかは神のみぞ知る處なり。世襲は必ず輪廻し、人の生死に移るが如し。依て、吾等が故事を遺し置きけるものなり。今なる辺境とて久遠に非らず、人民平等の主權に成れる世の當来あらん。諦むる勿れ。

もとより人に上下あって生るなし。志して、かゝる人世の聖となるべきなり。吾等が荒覇吐神は祖来より世襲に護り、未来を開くなり。かゝる世襲の續くは、久遠に非らず、必ずや、神の裁きぞあらん。

二、

日本丑寅歌集 一、

〽今の世に こもる心は 夢うつゝ
  心の奥ぞ いでるもちゞり

〽まどろめば 夢をはかなみ 下り月
  立つ寄る下も 葉雫にぬれ

〽さやかなり 老に逝く身は 露消えの
  峰の嵐や 谷の水音

〽冥想に 燭を背むけて ひたすらに
  思ひ入るさの 我とは知らず

〽心せき 散らぬ先にと ゆゝしくも
  筆執り染むる 紙の面ざし

〽心空 はてはありける 目かれせず
  春や昔の 事もおろそか

〽亡き父の 忘れがたみに 引きしをる
  いかにいはんや 重代の太刀

〽炊煙り 各家にのぼる 朝ぼらけ
  八雲を先とし かすむ山里

〽神垣に 雨をも降らし ひをりの日
  天神地祇の 常はさむらふ

〽山の端に 夕陽せまりて つまいたう
  神の舞姫 面もふらずに

〽貧しきに 煙も絶えだえ 炊焚の
  心そらなる うまし郷かな

〽われからの 丑刻参る 心には
  肝膽砕く 恨みありこそ

〽悪しかれと 今さらさこそ とゝのふる
  袖笠ひぢ笠 雨ぬる子等を

〽夢かづく 夜更の雷に はづかしの
  妹背は床に 起もせで跑く

〽わづかなる 世に苦しみを 負ひきたる
  吾が秋風の わくらばや朽

〽心だに げにや祈りつ わけ迷ふ
  岩手の森に 云ひもあへねば

〽山吹の 風に花散る みちのくの
  それわが山は 是非をわかぬけ

〽思はじと 涙いとなく よしさらば
  命のみこそ 星も相逢ふ

〽月も日も 雲居のよそに 過ぎ逝きし
  かゝる浮世の 風もうつろふ

〽ほの見ゆる 海に隔つる 渡島影
  逢瀬はいつぞ 恋ひわたる風

〽よるべにも うらさび渡る 松風に
  汝れが聲かと たまさかに聞く

〽老いて見る 若きの衣 いだしては
  數々多き 想ひぞよみて

〽夜もすがら 人目をつゝむ 刀研ぐ
  たづきの敵に 明日を想ひば

〽いふならく まだ夜をこめて 月に散る
  木懸け藤には 明けをもまたで

〽月に鳴く かりがね渡る みちのくの
  なづとも盡きぬ 聲のあやなす

〽花の跡 人の歎きを あへなくも
  なほしほりつる 露もたまらず

〽逝くへをも いづくと知らで 思うには
  心もとなや 死なれざりけり

〽我があらば あるべき住まゐ あるものを
  戦に永し 老のみのこり

〽目は盲 我だに憂し 戦傷
  月日もそむく 見るはうつゝに

〽朽たすまじ 實にありける 丑寅の
  日の本こそは みちのくの国

(右、全歌よみ人知らず。)

三、

丑寅日本国は、古代に国を肇むること、倭の神代と曰はれむときより、實に證して年代を溯れり。人の世に成れるより、住分を世界に渡りて、その住跡を遺せり。抑々、地界成りて、地界自から海を造り、山を造り、陸を裂き、陸を接し、島を造りて萬物を造りぬ。噴火を起し、地を震はせ、津浪を起し、春夏秋冬の候を造りて現代に至るゝ間、母なる地界は、宇宙の光陽を父として、萬物を造り、その生々に篩をかけ生々進化のものを遺し、人間と曰ふ智能あるを世にいだしめたり。

人は石塊を割りて刃物とし、草皮、木皮を織りて衣とせるに至る智識の向上をたどり、石土より金銀銅鉄の諸具を造り、宇宙を觀測せる望遠鏡を造りて、猶とゞまらず、諸科の学を修めて現代ありぬ。然るに、人間は人間を襲ふ。討物もまた弓箭より鉄砲と曰ふ權力侵略の道具を以て、神をも冒瀆せん行爲を以て現代尚もまかり通し、本来平等なる人の安住を犯しては、国の勢とせるは、まさに赦すべからざる行爲なり。

人は地に結界を造り、人が人を裁く法を律して、その犠牲になりたる過却には、無實の罪に殉じたる數知れぬ生命の刑に殉じ、責苦を受け、心ならずも受刑にさるゝ者ありぬ。まさに是ぞ、非理法權天の非道きわまる處なり。いつの世にかかゝる横暴の制圧さる世の當来あるも、人類互賛の智識ぞ必ず至らん。罪とは民を下敷く国司の者程、深し。その議に決しては、民を強制して戦に赴むかしめ、屍の山をさらすも、一人の国主にぞあるは統師にていだす愚考に依れるものなり。是れに從がはざるものは罰せられ、罪なき遺族までも白眼視され、苦遺、子孫にまで及ばしむるは必ず、その報復あらんや。

四、

人の生々に子は白紙にて生れ来るも、朱に育っては、赤く染りぬ。その世襲も解らざるをわきまふるなき童心に、武農工商に要なる学を爲さざれば、自から覚る道を四衆に見て判断し、自修すと曰ふなり。多くは、親を師にて道を学ぶるも、子は神より遣はされしものなれば、各々に好むと好まざる学道ありて、生々異にす。武家に生れて、武家好まざるあり。百姓に生れて武家を志すあり。工に生れて、商に才あるあり。その道にありき親の子にまゝざるを不孝者と曰ふ親こそ、無情なり。親に孝を責むより、孝に覚らしむ育生こそ、誠の親なり。子の善悪に育つは、産める耳ならず、その生育に善悪をわきまふる子に育てゝぞ、親の責務なり。能くよく心置くべきなり。

五、

世に生命ほど大事なるはなし。生命なくして何事も世に實ぞ非らざるなり。神は生命を造り、その新生に死を以て甦えしぬ。死ぬるも人は、生命を大事とせず、金銀玉寳を大事とす。財を大事とせるは、生命の次とすべし。自他ともに、人は生死のなかに子孫を産み、生々のために衣食住の三要を得る爲に勞々す。然るにや、自然に起る天変地異の災や起り、衣食住の窮りあり、流疾起り、生と死との苦しみに、人は神と曰ふ救世主あらんを、信仰生ぜり。人の世に起る飢餓、流疾、戦乱、噴火、津浪、洪水、火災、地震、国主の悪政のなかりき、世のあるべくもなし。

かかる凶兆のなかるべくを神に祈り、無難を願ふは、人の安心立命なるせめてもの信仰に救済を求めたるは、古き代の求道たり。

吾が丑寅日本国は肇国より荒覇吐神の信仰に一統して国治は成れり。戦を起さず、神の信仰にて民族を併せ、その丑寅日本国大王は獨りとせず、五王を以て一致せるを国政の實治とせるこそ、代々に以て民を憂はしむなかりき。即ち、大王の双肩に、東王、西王、南王、北王、補佐となり、その審議に長老ありて、此の議に決せざるは、何事の起案も實を得る事難し。是ぞ荒覇吐五王とて世襲を造りぬ。賛否は八對三の議に決すと曰ふなり。

六、

日本丑寅歌集 二、

〽老の身の 速き流れは 櫻川
  衣の舘も 今はまぼろし

〽うたかたの 流れに添ふる 散る花の
  あはれ馴るゝも 吾れ逝き思う

〽もどかしや 條なき事の なきかにぞ
  涙も色か 宿かりがねの

〽すさましく すぎ間吹く風 あらけなや
  さこそ心は まだき時雨に

〽さゝらぎや 寒月高く 雲はしる
  やませの雪は 粉と舞ける

〽あくがれの 花にうつろひ また宴ぐ
  柳櫻の 野もせはにしき

〽吾が山の 藤咲く松は 枯れにしも
  たのむが如く つたぞおひなむ

〽花に憂き 峰の颪は まぎれある
  咲き散る花の いつをいつまで

〽今までは しのぎを削り 修羅の場に
  身を打物に 鎧もつぎれ

〽けさよりは 同じかざしの 梢えにも
  朝日を受けて 神さびて見ゆ

〽秋なれば 錦織りかく 紅葉を
  同じかざしの 湖に映し見る

〽商いは 千里を行くも 人の信
  山靼越えて 波紫までも

〽夏日照り 雨の祈りの 満願も
  露も降りなん 雲も無からん

〽船旅の 波越す舵は 山靼の
  サガリイ登る チタまでも

〽日の本は 丑寅號く 古き国
  八重の潮路の 北に果なし

〽人知れず 和田の小太郎 ひたすらに
  石橋山の 駆も空しき

〽梓弓 うはなり射つる つとなきも
  ゆゝしくかまへ 心つくさせ

〽村捨てる われ人のため つらけるも
  敵の寄手に やむなく出づる

〽わりなくも 身は浮草の 行方には
  さてしもあらね ものは悲しき

〽衰ふる 花のなれこし 猶しをり
  千種の花も 命みずかし

〽身を碎く 瀧の落水 ほの見ゆる
  みちのく旅は 澤道を行く

〽六つ太鼓 明け暮れ鳴す 衣舘
  うつろふものは 夢の跡々

〽さえかへる 月をも日をも かり枕
  定なき命 いくさもののふ

〽よそにのみ 来る年の矢の さればにや
  心もうつろふ 松も響きて

〽言はずとも 神のしめゆふ 片そぎの
  かつさきそむる 山は苔路も

七、

代々過ぎし日本国の大王は、古習を攺め、日本將軍とて国治に當れり。安倍系図上巻に日本將軍安倍安国と曰ふは初號なり。安倍一族とは、三輪の耶靡堆大王、氏姓は阿毎氏なり。賀州犀川郷三輪山に初住し、耶靡堆に入りて七代なる安日彦大王にして、築紫の佐怒に敗れ、北落し、陸奥に於て荒覇吐大王とて再興し、姓を安倍氏と攺む。爾来、安倍氏とて継君せり。

東日流に落着以来、既にして稲架及び三輪と曰ふ處に稲作をなして耕作し、根子彦王と稱す大王、高倉を築きけるなり。然るに、岩木山の噴火、八甲田山の相互なる噴火にて降灰しきりなりせば、ハララヤを岩手、秋田に耕作を移しめり。爾来、荒覇吐大王の西進と相成り、坂東までも地領を廣げたり。時に、根子彦大王、更に西進し、倭の故地を奪回して石神の神殿を造りたりと曰ふ。倭の各地に遺る石造遺物かくして遺りけるを知るべし。時に語部文字、築紫の宇佐及び国東に傳はるなり。依て、此の地の巌に語部文字の遺る多きを知るべし。この由因に以て荒覇吐神信仰もまた傳はり、三禮四拍一禮の参拝も遺りけるなり。

八、

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是の如く東日流の語部文字に遺る岩文に譯すは難けれど、代々の語部にて遺さるゝ銅版彫にて知るを得る多し。字種七種ありて代々に異なるなり。語源古代語なれば、猶、判讀に難きなり。山靼より渡り来るは、その族傳に各々異なりて、東日流にては、七種に併合して用ひたりと曰ふ。依て、是を覚つは古代五千年の實史を解明、唯一の證たり。然るに語部文字は公にして排斥されてまゝならず、今は東日流及び南部に耳遺る他非らざるなり。

九、

荒覇吐族の西南に攻覇せるは、五王の根子彦王なり。坂東境を倭に至る地族の應戦なく、無血の進軍たり。荒覇吐神はかくして倭国に一統の信仰を得たり。出雲、高嶋、南海道、築紫、までも傳布さるゝも、根子彦王倭王となりてより、地の神を併せたるに依りて、荒覇吐神の信仰、代々に廢さる。然るに、今世に遺るありきは、西進一統さる歴史の證なり。

十、

大梵とは、梵珠または摩訶とも譯す。
自體寛廣、週遍包含、多、勝、妙、不可思議の諸義あり。禮、相、用を三大とす。地、水、火、風を四大とし、地、水、火、風、空を五大とせり。更には地、水、火、風、空、識を六大として、その意は自性より初めて生ず大種とも曰ひ、元素とも曰ふ。金剛不壊摩訶如来なり。

十一、

世に四苦八苦と曰ふあり。四苦とは生老病死、八苦とは離別、怨憎、欲求、五陰の色、受、想、行、識なり。是を越ゆる一法とて、諸行無常是生滅法生滅滅己寂滅爲樂と解くも、その意は眞諦、聖諦、勝義諦にして涅槃、眞如、實相、中道、法界、眞空を以て深妙の眞理なり。

十二、

荒覇吐神の信仰に天地水と三神に祀るを常とす。即ち、生々萬物をして、空に飛びて生する者、地に在りて生する者、水にありて生する者は、各々生命の進化にて成れるものなり。亦、退化あり。獸にして水に生息を退かしむ者、鳥にして翼を用ひざるもの、獸にして空を飛ぶものあり。皆、子孫を世に遺す自からの進化と退化なり。

人類もまた然りなり。身の安住を新天地に求めて渡るも、智に進みたるもの、その後に侵して、戦に降して国を盗る、是を發見とも曰ふも、先住の民、住ふる處は發見とは曰ひざるなり。同じ人種をして戦を以て勝を正統とせるは、非道の行爲なり。かゝる非道を以て爲れるは、今なる国となせる世界の国勢なり。先民を無益の風土に追ひやり、侵領民は猶以て人種を異にして、先住民を奴隷として重勞に處して、反く者を彼等の知合に造りたる法律にて断圧せる行爲は、必ず神の報復を招く行爲なり。神と信仰を以て、從がはざれば、戦に以て是を強制せるは、尚、然りなり。

北鑑十七巻 附書之全


多言無用、秘密之事。

一、

古代より安倍一族は、一族安住のため、産金、産馬、の實を挙げたり。何れも山靼傳授に依りて成れるものにて、黑龍江を道として傳はれる歸化人の教へに依れるものなり。

語部録に諸々の傳あり。信仰、文字、産馬、採鑛、衣食住の生々に、その智能を覚らしむなり。和を以てなせる人造り、国造り、は諸々の智識をもたらし、衣食住の安住と、三方海の幸、擴き草原と山々に大森林あり。人の暮し永く泰平たり。古代より氷雪の国なれば、諸民、こぞりて飢餓に備へ、長保の糧秣をたくはい置ける高倉を設し、各々村落に蓄積せり。干物、塩漬、五穀、の村人數に合せて、一年の割當に生々保つべく糧たり。是を地語にしてセモチと曰ふなり。

更には、子より先に親の死せるもの、子に死なれ、老人耳なるをカデルとて、互ひに相居住をエカシに依りて成され、孤児なく孤親なきコタンの仕組を掟とせり。コタンは挙げて一汁一菜とて相分つ、衣食住の私富私貧はなかりき。己々のチセあるも、族主のチャシあり。何事をするにもエカシ及び大王たるオテナの談議にて、諸事を行ぜり。

シラシメ處とは、灯油を造る處にて、ヤメソ處とは着衣造り處なり。イサバとは魚を干物に、または塩漬にせる處なり。タダラとは金銀銅鉄を鑛鎔せる處にて、ダンツゲとは運ぶ人を曰ふ。是等、古代語にて、今に遺れる方言なり。

二、

チャシポロコタンと曰ふは、大きな村と曰ふ意趣にして、渡島に七十あり、東日流十六、宇曽利に六、閉伊に七十、飽田に四十七、伊治に八十、砂泻に四十三、越に七十六、吹島に五十、坂東に百八十、ありぬ。是を併せて丑寅日本国と曰ふ。

地族は渡島の久理流族、東日流の阿蘇辺族、宇曽利の津保化族、羽の熟族、奥州の麁族、坂東の秩武族、秦族、伊那族、越の白山族なり。何れも勇猛なる日本民族にして、此の先なる代をポロオテナの世とぞ、語部録に記ありぬ。信仰はイシカホノリガコカムイにして、天と地と水の三神たり。かゝるコタンに金銀銅鉄の鋳塊ありて蓄積せり。是れイゴクと稱し、オテナの他に知るものなかりき。

安倍一族の祖、安日彦大王は是を巡検して、留むる量は何れも莫大なる黄金塊たり。と語部録に記ありぬ。その所在にては、古語のまゝに解難し。シャプナイ、アルカナイ、チャケラナイ、オホナイ、タップナイ、オトベツ、タッコウシ、オシロホノリ、シュイド、シャコタン、トムラウシ、オカムイ、オショロバイ、シャコシ、ツンシリ、トックナイ、ウラウシホノリ、アボイ、オサリナイ、トヨナイ、
右は地名の似稱にありきも、秋田上国系図なくして知るを得ざるなり。

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かくの如きは何萬貫の金塊にして、安倍一族、いさゝか費したる他、未だに秘にして、埋藏さるゝなり。・の印は、金または寳と曰ふ意趣なり。秘なり。口外無用とせよ。

三、

安倍一族の暦史に明せざるは祖来の秘なり。安日彦大王より二百十一代にして滅亡せる前九年の役を以て、日本將軍の陸奥王領は了れり。然るに、一族の多くは東日流に落着して再興せしは、永保二年にして、厨川太夫貞任の遺兒高星丸が姓を安東として、平川の藤崎に舘を築きたり。十三湊に至る岩木川を往来して、安東船は山靼及び支那の揚州に往来せり。渡島及び上磯、外浜、東海の海産物を干物にして商易す。なかんずく山靼への往来を能くせり。毛皮はラッコ、トド、黑テン、北極狐、イタチ、クリル犬、渡島鹿皮等、食糧、鯨肉、干物魚十六種、塩漬十二種、海草、海苔、昆布、貝柱、干ナマコ等、油鯨油、鮫肝油、等、其他三十六種ありぬ。

安東船の古船賣却もありて益したり。

彼の国よりは、藥草、唐衣、鉄製器、地金とて金銀銅なり。

四、

丑寅日本重要図
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五、

康平五年の冬越し、源氏の兵士、千餘人安倍一族の遺財を探す。和賀山、安日岳、米代川、鍋越川、姫神山、巌手山、国見山、燒岳、是れぞと覚しき處、探りに探るとも一片の遺財を得ることかなはず、空しける。然るに、産金鑛山、七ケ處を知りて續撈せしむとも、もとなる山師連、タダラ師等逐電し、それとなる鑛窟を破して四散せり。依て、是れら産金の一切を清原氏討伐後、藤原氏に委任して、安倍氏の遺財を探しむも、その秘處ぞ見付くるなかりき。依て、藤原氏、安倍氏が放棄せる廢鑛を再掘して産金す。

六、

安倍鑛山は何處に施工せしも、侵賊に警備して、からくりを仕掛くるを常とす。落石、落穴、閉窟、水洪、何れも萬代に効あるに施しぬ。山靼山師の仕掛なり。彼の故国にては、常に盗鑛ありて得たる討伐法にして防ぎぬ。安倍氏が代々にして蓄積せし金塊藏は、猶も秘密なる施工ありぬ。

山しるべ記に曰く。

古ぞより地寳を藏するは、一族の急事に用ふる命綱なり。心して是を密にぞ施すべし。
一の仕掛、尚、第二を施し、金藏十二尺に冠土すべきなり。しるべに、倭字を用ふべからず。語部印を用ふべし。囮の鑛窟を作爲し、人踏を迷に惑すべくも策なり。亦、他處遠くして、金鑛の處在を布し置くも策なり。

本命の處をして道を造らず、国に急ありては、即に閉じて、鋳鑛跡を消滅すべく心得よ。既産の金塊を藏せる秘處をして、二轉轉として、先撈の者を再撈すべからず。復た移轉にては、金と覚つべくに荷造るべからず、二重より三重とし、多量せず軽量にして、數を以て人視人感を及ばしむべからざるなり。

藏倉は永代と保つを選地し、土遁、水遁、を以て秘藏を能くすべし。是書は秘の密なり。能く心得、置くべきなり。

七、

山靼商益金を渡り金と稱し、サガリイ金は樺太島産金なり。オテナエカシ金とは渡島産金なり。祖来にして蓄積されたる金をカムイ金とて、如何ありとて費用に禁ずるものなり。産金に六種ありて、子甲、丑乙、寅丙、卯丁、辰戊、巳己、午庚、未辛、申壬、酉癸、の成鋳號あり。戌亥金とは砂金の事なり。是、十種十一階とて金なる純度なり。

安倍一族にて収金せし産金をして、未だに不祥たるは露天にして産金せる處とて、大沸地泥とは何か、また、・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・ とは、知られざる處なり。語部録に曰く。

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・・・ 是の如きは判讀の得ざる意趣なり。

安倍一族は、常にして倭人の侵駐ありて、大王阿弖流爲の死以来、倭人を信ずる事のなき、秘に以て産金、馬産、の實を挙げたり。依て、秘中なるは秘を以て漏さず護りたり。光陰は速くも移りける代の代々に子孫を丑寅日本国に再挙せるの段取とて、金は命なり。依て、是の如き秘中の秘を以て至るなり。

八、

安日岳に長嶺澤、鍋越澤、世根白澤、宇佐利澤、荒覇吐澤あり。平峯を八方平と曰ふ。金鑛ありて古代より産金す。依て、生保内、火内、鹿内、平内をして金鑛多し。和田村あり。山師の邑なり。古来、安日彦大王をマタギの神とて祀り、金の神とも祀り崇めり。村落十二軒にして、以上建つるを禁ぜり。十二山師、十二タダラとて、金山をして鋳所もまた十二の數より造るなかりき。

荒覇吐湯泉あり。その湧き處ぞ湯石ありて、湯を倶に人體萬病に効あり。人の群絶ゆなく湯治せる處なり。麓に辰湖ありて、諸々の傳説を遺す。安日岳連峯にては、巌手山も然りなり。米代川、安日川、日高見川の水源分水嶺なり。羽州、陸州の峯境にして、その信仰をこの連峯に存す。八方平は神の峯なるも、前九年の役後、是を八幡平と號せるは源氏の名命なり。此の地は安倍一族の隱里多く地産のもの豊なり。産金、産馬、湯治場、何れにも生々に安住たり。

安倍一族が千人を住はしめたる生保内城は双股城ともに源氏の知られざる城柵跡にして、今に遺れり。奥州、奥羽こそ古代の語部に傳ふる史傳の里にして、東日流に續く大王領たり。

九、

金をして人は、邪悪慾を限りとせず魂までも賣り渡す邪道に堕ひなむ。安東一族は祖来の金藏にふれざるは一族、浪樂を防がむ爲なり。山靼商益は、金を掘るより産金及び知識を得るなり。依て十三湊に築湊し、造船を中山檜を以て秀たる造船を得たり。

その船考図施工になれるは揚州船、山靼船の造法に習造を得たり。船胴仕切、水防に細工せし、斜帆、本帆三柱にして船倉、底階二段たり。舵は捕ありて長航安全たり。北船、南船の造法異なりて、北船は松材なり。南船は中山檜を用ひて船虫を防ぎぬ。

船舘あり、潮吹き雨をしのぐは長航に耐造せり。海図を造り、昼は日輪、夜は北極の不動星を羅針として舵にあやまりぞなかりき。安東船の商易は往復にして益を得たり。唐物とて小浜にて賣却し、京物を積船し、能登及び砂泻港に賣却し、羽越米を積みてぞ、東日流十三湊に入りぬ。次なる産物に米にて支拂ふるは渡島にても同じかるを以て、船荷の欠くるなしと曰ふなり。

十、

安倍一族の古事、あからさまなるをならざる天運にありぬ。倭の皇統に日本の大王たる一系に在り、古来より丑寅と鬼門に相對せる犬猿の違間たり。侵略を以て皇領とせむに、日本將軍荒覇吐大王を累代せるありて防ぐは固きなり。依て都度の征夷も、毎に敗れけり。丑寅日本国の肇は倭朝の及ばざる古きにあり、荒覇吐大王を以て累代し来たりぬ。

倭朝にして丑寅日本国を狙ふは、奥州の金山たり。更には倭の人餘りに地領を皇土化せん策計たり。事の理由にては、もとより皇土たるに蝦夷住む化外民とて、征討に赴く官軍の勝利になるはなかりき。

北海の海産、唐国、山靼往来の海交易、倭朝にては如何なる奸計を以ても討伐に伏せんを都度の朝議たり。蝦夷は蝦夷を以て討つべくの策も、阿弖流爲大王を暗殺以来、日本將軍への親近もならず、陸奥国府とは倭書の名目耳なり。坂上田村麻呂の蝦夷討征は奏上だけのものなり。若し討征果したれば日本將軍の累代のあるべからず。亦た田村麻呂を祀る事もなかりき。依て、倭史ぞ信ずべく證なに事も奥州に史實のなかりきを知るべきなり。世襲は丑寅に天運非らずとも、かゝる正統史の陽光あるを次代に告ぐべし。

十一、

未だ世に丑寅日本国の歴史の實態を知らざればこそ、古なる秘處のあばかるなかりき。遠く耶靡堆大王より、荒覇吐大王、代々の累代は丑寅日本国五千年の泰平、破らるなかりき。人命を大事とせる民族の睦みを欠くなく、神を一統信仰に根深きは、今猶、各處に遺りける山靼より進みたる諸職の智能を入れにして榮ゆは、都度の侵略にて倭に捕はれ去るも、鍛治にては舞草、採鉄金山の鑛山タダラぞ古きなり。人みな相和して、丑寅日本国は成れり。地領更に千島、サガリイに至り、住人と地産、海産に生々倶にせしも、大王の治政ぞ、秀なる故なりと、古史語部録に曰くなり。神の常住せる角陽国、空にゆれて鳴る夜光虹の国を近くせる丑寅日本国は、日輪の黄道もはるけき故に、白氷雪国たり。

冬に訪れる神の使者、鶴、白鳥は人を怖れず、飛来せるを信仰の誠とせよ。

十二、

日本將軍は、人の暮しに憂を負はしむるなかりき。古き代より民を寳とし、人命を犯す者を誅し来たりぬ。代々にして倭の侵略あり、民の財を掠め、女人を犯し、化外地、まつろわぬ外民とて討伐に情なく、故以て日本將軍丑寅日本国を護り来たりぬ。

〽西の日没に 夜な物の化 日の国を攻む
 是れ赦しまず 討物執りて 撃てしやまむ
 海くる陸くる 侵魔の輩 今こそ討てや
 護る日の本 吾等が国ぞ 久遠に遺さむ
 天下泰平 今こそ護れ 孫子の命
 吾れ山吹と 散り逝くとても

安倍一族が陣中に唄ひし歌詩なり。かゝる先人ありて、今の吾等ありと心に銘じべきなり。

寛政七年八月   秋田孝季

和田末吉 印

 

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