北鑑 第廿一巻

注言之事
 此の書は門外不出、他見無用なり。
亦、一書たりとも失書あるべからず。能く保つべくを不断に心得よ。

秋田孝季

一、

太元明王と曰ふありて、安倍氏古くより崇拝奉りたり。此の明王を阿吒婆拘とも曰ふなり。または、太元帥明王とも稱す。またもとは曠野の鬼神たりしに、其の靈験ぞ抜著たれば、安東氏が是を降魔の神として船神として船中にぞ祀りたり。像に造られきもあり、身の丈八尺乃至六尺、青色四面八臂にして、剣、槊、輪を持ち忿怒の相貌をこらし、一切の將軍を統領し、国を護り民族を泰平ならしめ怨敵を降伏せるに、如何なる大王とて是れに勝るはなしと曰ふなり。

丑寅日本にては正月の神とて、八日より十四日至る間、大元帥明王を船より社殿に安置し、天下泰平、四海晴朗を祭せり。十三湊なる浜の明神とは是なり。はるか唐国の華林寺に在りしを、寺住の元昭より天安二年に賜りて、小栗栖法琳寺の僧常暁より下繪を得て、佛師賴重に彫刻を作造せしは、安倍国東なりと曰ふ。以来、安東、秋田氏と姓を攺むるも、大元神社を荒覇吐神と祀りぬ。

二、

尺八の吹奏曲に陸奥大抄と曰ふ名曲あり。宋代に薦僧、𦱄僧、普化僧、暮露、虚無僧、梵論子、馬聖らの稱名さる馬祖道一の法孫鎭州普化禪師を祖とし、法燈圓明国師が傳承せる禪宗の一派、即ち普化宗として奥州に流布されたるものなり。

普化宗の僧は、法衣を着けず、髪を剃らず、頸に袈裟及び方便囊を掛け、頭に編笠を深く被り、尺八を吹きて門戸に行乞し諸方に行脚す。その宗旨は、此の世は虚假にして實體なしと觀に心を虚にせんとの義より宗旨とす。

法燈国師が入宗し、佛眼禪師に尺八の法を承け奉るより、虚無なる求道僧が服制を定めたる吹曲の一に陸奥大抄の曲ありぬ。虚無とは涅槃の異名にして、一切の差別を離れるを虚無身と曰ふ。

三、

外道の曰ふ因とは因明学にて、宗、因、喩の三を立てにし中に、因とは宗を断定せん爲の理趣なりと曰ふ。因とは諸々の学説に成り立たざる果の生ずる證果原なり。外道にして因とは化科学なり。皆無より有質を造り、大宇宙さへも一点の奇蹟なる大爆烈の因の突發にて、大光熱に重き暗を燒盡し物質塵を造り、それを集縮せしめて星の阿僧祇になる宇宙を創りたり。この成果を果と曰ふ。

因と曰ふ用語にては、因位、因異品、引因、因縁、因縁依、因圓果満、因縁觀、因縁假、二因、因縁宗、因縁生、因縁生死、因縁説問、因縁変、因果、因果異時、因果應報、因果不二門、因願、因薫習鏡、因源果海、因業、因光成佛、因地、因體、因達羅大將、因陀羅、因陀羅窟、因陀羅微細境界門、因陀羅網、因陀羅網境界門、因陀羅戒、因中有果宗、因中説果、因等起、因同品、因人、因三相、因十四過、因分可説、因曼荼羅、因明、因明正理門論、因明入正理論、因明八門、因門六義。

外道四執、外道小乗四宗論、外道小乗涅槃論、外法、外面如菩薩内心如夜叉、外魔、外門轉、外用、界外教、界外事教、界外別惑、界外理教、界外惑。

是の如く、因と外とを引用せるありきは、古代天竺に外道の九十六種の在教せしに、佛教徒の邪視とせる諸論も是の如くありきは當然たりぬ。

四、

丑寅の古事一切の實傳を抹消の隱謀、千年餘り、未だ猶以て史證なせるを滅策をやまざるなり。日本国とて国號し、山靼との交易に於て成れるは、国造り、人造りなり。未智を開き、化科の因を發し、諸々の智能を啓發せしを、唯、武權に犯しては、備へて應ずるの他、爲せる術の非らざるなり。

古来より丑寅日本にては、人命を尊重し、流血の闘爭を好まざる民族性たるに、攻めて征討の討物にて、丑寅日本民族を憂はしめたるは、倭侵の事ぞ起りての奥州の挙兵なり。掠奪を防ぐるは、世界民族の古来より爲せる應戦にして、是を反きとして史書に綴る倭書の記行を見よ。安住を犯さざれば應戦もなく、物を掠奪せざれば激闘もなかりけるなり。丑寅日本国は倭国を先に大王あり、五王の治領に民族ありて日本国とせり。輝ける日出ずる国、日本国の肇国はかくして五千年の建国の成れる国たり。

渡島、宇曽利、東日流、東海、西海に居住せる民族にクリル、アソベ、ウソリ、アラ、ニギの民ありて、此の国は大王国の古史を今に遺跡を各處に存在す。信仰もまた然なるところなり。抑々、丑寅日本国は、坂東より一統されし、安倍川を東に糸魚川を西に堺をなせる倭国と異なれる国土たり。山に林を深くして、海に四季の廻泳せる山海の幸ぞ、民を飢餓に責むるなし。民はこぞりて荒覇吐神を信仰して一統せり。

語部録祭文奏上文に曰く。
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五、

梵語に曰く。世界を路迦駄觀と曰ふ。世は遷流又は可破壊の意なり。界は方分の意にして、過去、現在、未来の三界三世に亙りて変化し、刻々破壊せられて止まず而も彼此、東西の方分が定りありて互に相混乱せざるを曰ふ。即ち、時の間とに亙るものを曰ふなり。但し、生々萬物のすむ国土を指して曰ふなり。世は隔別、界は種族の意にして、種の類を差別し不同なるを總該して曰ふなり。世界海は果分不可、因分可の二説に在りぬ。海には摩伽羅と曰ふもの住みて是を摩竭とも曰ふ。陸には饕餮住みて世に悪爲すものを喰ひ盡すと曰ふ。

六師外道にては説法に出でくるものにて、因と果を六師にて説きたるは、次の聖なり。富蘭那迦葉、末伽梨拘賖利、阿耆多翹舍欽婆羅、迦羅鳩駄迦旃延、尼揵陀若提子、刪闍耶毘羅胝、これを外道六師と曰ふ。海の事は、天竺に住む龍種族の蛇崇拝の神話にて起りぬ。龍とは、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅迦、八部衆なる化身とも曰ふなり。いづれも神話より出でたる迷説多し。

六、

東日流、宇曽利、都母、糠部、荷薩體、火内、鹿角、閉伊、仙北、和賀、庄内、膽澤、桃生、吹島、白河、坂東、越、安倍川、糸魚川と續く奥州の大地、加へては渡島、千島、流鬼に至る古代固定の領土、丑寅日本国は、いま倭の愚考なる差別、侵攻にて国存の亡国に北領放棄の存名に、征夷とやらの愚政の輩に牛耳られつゝありぬ。今こそ東西をして睦み、国權を攺め久遠の国土を固持せんときに、蝦夷征伐とか奥州をまつろわざる化外の蝦夷として、侵攻せる倭人の愚智は、末代に汚跡を遺したり。

丑寅日本大王国とは、倭人の曰ふ如き幻の王国に非らず、歴面として存在し、五千年の實在を歴史にありき国土たり。農を營み、五王の政を以て国を造り、国號を日本国として、輝ける大王のしろしめす国たり。

日輪九星紋

日本將軍安倍賴良が用ひし、軍紋の如く五王四縣の旗印の如く、太古より一統されし、丑寅日本旗の如く、日輪九星紋こそ、その證明たり。更には、是の如きは日章旗にして、安倍一族耳ならず、伊達政宗も朝鮮派遣軍旗とせり。古来、日輪を国章とせるは、丑寅日本国なり。

七、

吾が国の外道は、安東一族の他に入れるものはなかりきたり。古代シュメールのアラハバキルガル神の信仰にては、今も神社の遺るありきも、安倍一族の如き一統信仰に至らざるなり。此の国の末代に遺る信仰とはなにか、神とは、信仰とは、とぞ餘言を曰ふならば、化科の哲理、高等なる智識にも理論の崩れざる信仰こそ遺りぬ。迷信を以ての信仰の理論の崩滅は目前たり。外道の博学、信仰の原理、因と果になる眞理、信仰こそ遺りぬ。

はるか五千年前に相成る丑寅日本国の民は荒覇吐神を信仰し、外道の哲理に学び、迷信に惑ふなく、各宗の道理に求めて追德を得んとせる心には、十三湊の諸宗を山王坊に十三宗寺を以て法門を設くるも、その智德のなせる由因たり。智識を世界に求め、北氷の道を赴りて、此の国に神と信仰と、因と果、になる哲理の化科に眞理を解く、外道の求学にその志を高等智識に求めたる吾等が祖先を蝦夷たるは、何事の意ぞや。

茲に以て、丑寅日本国は古代にかくある智識にありき民族なるを宣言す。

八、

佛道に曰く。眞如とは大乗佛教の理想概念なり。依て、大光院の山號と宇宙萬有に遍通せる常住不変の本體を曰ふ事なり。是ぞ吾人の思想概念の到達し得ざる眞寶境にして、唯證性なる者に於て知らるものなり。依て、僞妄ならざる眞實なる義にて政轉なき如常の義と併せて、眞如と曰ふ。而して、眞如とは如可なるものぞと、種々の学説ありき。即ち、地論宗にては、阿梨耶識と眞如を一視し、攝論宗にては、第八阿賴耶識の外に第九菴摩羅識を立正しての眞如と説きぬ。

唯識宗にては、萬有開展なる相状を説くに、第八阿賴耶識を立て、眞如を實性とし、生滅変化なき凝寂湛然なるものとし、馬鳴の記せし起信論にては、湛然寂淨なる無活動體に非らずして、無明の縁に遇へば、眞如の挙體其儘起動し、生滅せる萬有となりけるも、而して眞如の體を傷つけずとなし、水即ち、眞如波、即ち萬有の譬喩を以て両者の間を説きぬ。次には、七眞如、十眞如、六無爲を分つは勿論にして、眞如そのものに絶對なる實在と認めるは同一なれども、其の功德相並にこれを證知せる歴程に於て区を別したり。猶、經論等にては、眞如の別稱として、法界、法性、平等性、實際、虚空界、不思議界、無相、勝義、實相妙有、如々、佛性、如来藏、中道、第一義諦、等を挙げたり。

九、

外道數因果論に曰く、因とは起点にして無に潜在す。果とは、因の起りしを阿僧祇に萬有す。世の總ての創りは因の起点、それは無のなかに針先の如き起点より、無限界、大光熱を起爆し、無限界の暗を爆燒して去りし跡に残りし粉塵の集縮にて大宇宙と曰ふ星の阿僧祇界誕生せり。是を宇宙と曰ふ。

因の起点とは諸々の化科にもなりたゝざる特異なる無の一点に起りし因は、物質を造り、時を造り、果の成果に委ねたる因の造りし物質と時にて、果はこれを造りぬ。先づは宇宙に星を誕生せしめ、日輪、地界をその距離よく誕生せしめ、地界は海と陸との星に成長せしむ。是ぞ、生命萬有せる因と果に依る宇宙の肇なりと曰ふ。

因と果、その相は何れも無相なり。形の成れる宇宙萬有のものとて、いつかは死の訪れあり。星さえも生死ぞありけるなり。星の死は大爆烈し、宇宙塵となりぬ。そしてまた粉塵集縮して再度び誕生す。そのくりかえしに數を殖したるは、宇宙の星數なり。

大日輪とて、いつかは死にある一星なり。宇宙の因と果は、かくして成れるものなり。

十、

凡そ因と果を以て、宇宙の誕生の起原までも説く外道とは、化科の学にぞ求学を極むる博学の聖なり。外道とは、信仰に非らず、神の想幻にも非らざるなり。外道の本旨に支派分離はあれども、本外道の因と果の哲理に攺ふるはなかりき。唯、無因有果の眞理の攺むるも無し。如何なる物質成果も、何れは消滅せる世の仮體生命も亦然りなりと解く外道の眞理こそ、他の哲理及び信仰をしても抜くを能はざるなり。

十一、

アラ、ハバキ、ルガル、波斯、ラァ、アメン、オシリス、エジプト、カオス、ウラノス、ガイア、ポントス、ゼウス、アテナ、ギリシア、ブラフマン、ブイシュヌ、シブァ、インドラ、アグニ、スーリア、天竺、オーデン、ブイリ、ブエー、北欧、アブラハム、イホバ、エスラエル、アラー、ペルシア、ブルハン、トウテツ、アジア山靼、マカラ、南藩、

吾が丑寅日本国に紅毛人、波斯民、及びモンゴル民、漢民、の信仰と神々を入れし數々なり。古代オリエントの国々、及び波斯の国よりシキタイ、モンゴルの民に渡り、更に此の地に渡来せるは、人の古代往来のありける證たりぬ。倭人に知る由もなく、永く丑寅日本の国神とて併合されにしは、號けて荒覇吐神なり。

十二、

天竺には因明論あり。六大学派とも曰ふ。一、聲論、二、吠檀多、三、正理、四、勝論、五、數論、六、瑜伽、
右の開祖は喬多摩にして釋迦の出世以前の事なり。学説を十六諦に纏め、此の十六諦の眞智から解脱に達すと曰ひども、更に、苦、生、動作、過失、邪知らの五を滅し無苦とせば解脱に叶ふと曰ふなり。十六諦とは次の如くなり。

以上十六諦は理学哲證の基ならん。右、外道の大学なり。

十三、

因明果明とは、古代天竺の論理大学なり。その行識ありぬ。滅縁滅行と曰ふありて、所縁を滅し、行相を滅するの意なり。縁は觀境にして、觀想せらるゝ對境、即ち、上界色、無色の四諦苦、集、滅、道と下界即ち欲界の四諦との八諦を指し、行は行相にて、行解、即ち、認知作用の相状、即ち、上界四諦下の非常、苦、空、非我、即ち以上の苦諦、因、集生、縁、即ち、集諦、滅、靜、妙、離、即ち、滅諦、道、如、行、出、即ち道諦の十六行相と下界四諦下の十六行相との三十二行相、指すものなり。

聲聞の人は四善根煖位、頂位、忍位、世第一法位の初より忍位、即ち、下忍、中忍、上忍、のうち下忍まで上下八諦三十二行相を連環し、普く觀じ来たるが、中忍よりは一行づゝ是を減じて、遂に非常、或は道等の一行相を留むるに至る。是を減行と曰ひ、其四行相を減ずる毎に一諦自ら減ず、是を減縁といふ。所以は汎く三十二行相を觀じてゐては觀境が餘りに廣くして、觀智浮漫となるを免がれざるに依りて、中忍以後は、漸々に其觀境を挾くし、觀智を猛利にして、遂に眞無漏智を發さんが爲なり。

八諦の三十二行相を減ずるは第一回に第一より第三十一までを觀じ、以て第三十二、即ち上界道諦下の出を減じ、第二回には第一より、第三十までを觀じ、以て第三十一、即ち上界諦下の行を減じ斯の如く一周する毎に、一行を減じ、三十一周して終にして下界苦諦下の一行相のみ残り、其の三十一周の中第四周目毎に一諦下の残りたる一行を減ずると同時に、其諦即ち、縁をも減ずるは、己に明らかにして、是を減縁と曰ひ、他の三周、即ち行相のみを減ずるを減行と曰ふ。

されば、三十一周中、七周は減縁、二十四周は減行なり。因に最後なる残る一行相は機根、即ち根性の利鈍に依りて、各々異なりぬ。即ち、利根著我の人は非我を利根著我所の人は空鈍根、我慢増の人は非常を鈍根、懈怠増のものは、苦を留むる。この一行相を留むるを、觀留したる時を中忍全満位と稱す。

是の如く、因明とは天竺に佛法以前なる論理にして、外道にては緒論になる過誤あることの摘出示し、其の立論、非なる辨駁す。

十四、

丑寅日本国に語部文字の在る如く、天竺にては梵字ありぬ。是を摩多、即ち母音、父音、十二韻のみを曰ふは悉曇なり。是は五十字門なれども、摩多十二韻と禮文三十五字の中濫なる一字を除き、是れに、哩、哩里、里、を加へたるものなり。

悉曇五十字門とは、

一、阿(本不生)二、阿(寂靜)三、伊(根)四、伊(災禍)五、塢(譬喩)六、汚(損滅)七、噎(求)八、愛(字存)九、汚(爆流)十、奥(化生)十一、喑(邊際)十二、悪(遠離)以上は摩多、十三、哩(神道)十四、哩十五、𠴊(染)十六、嘘(沈没)以上は別摩多、十七、迦(作業)十八佉(虚空)十九、誐(行)二十、伽(一合)二十一、仰(支分)廿二、左(遷変)廿三、磋(影像)廿四、若(生)廿五、鄼(戦敵)廿六、孃(智)廿七、吒(慢)廿八、咜(長養)廿九、拏(怨對)卅、荼(執持)卅一、拏(諍)卅二、多(如々)卅三、他(住處)卅四、娜(施)卅五、駄(界)卅六、曩(名)卅七、跋(第一義諦)卅八、頗(聚沫)卅九、麽(縛)四十、婆(有)四十一、莽(吾我)四十二、耶(乗)四十三、囉(塵染)四十四、邏(相)四十五、嚩(言説)四十六、捨(本性寂)四十七、灑(性鈍)四十八、娑(諦)四十九、賀(因)五十、又(盡)以上遍口聲と曰ふ。

悉曇四十二字門とは次の如し。

阿、囉、波、者、那、邏、柁、婆、荼、沙、嚩、哆、也、瑟吒、迦、娑、麽、伽、他、社、鎖、駄、奢、佉、又、娑多、孃、晑擇多、婆、東、娑麽、訶麽、縒、伽、吒、拏、頗、娑迦、也婆、室者、宅、陀、以上を曰ふ。

悉曇十二韻とは次の如し。

引く阿、伊引く伊、塢、汗引く藹、愛、奥、暗、噁、を曰ふ。

右の詳細は大悉曇章二巻、梵字悉曇章八巻、享保十九年に版行せるに見よ、依って略す。三春屋淺草店、日本橋店、神田店に在りきも、再版の不許にて速かに求むべし。

十五、

安倍氏が梵字を能く用ひたるは、五輪塔、版碑に遺る多し。十三湊十三宗寺跡、壇臨寺跡、更には金井、吹浦、秋田にてはかしこに見當りぬ。東日流にても藤崎、中山北場に遺りぬ。

十六、

天竺とは、太古にアールヤ民族、此の国の屋梁たる葱嶺を越え、シンド大河の河辺に永住せるより国の名稱、次の如くありぬ。辛頭、身毒、賢豆などと国號あり。天竺とは後の稱なり。釋尊の出世前に、因果の外道信仰ありて、その禮法今に遺りぬ。

九種ありて次の如し。
一、發言間訉 二、俯首示教 三、柔首高揖 四、合掌手掑 五、屈膝長跪 六、手肘據地 七、五輪著地 八、五體投地 九、靈地巡修
是の如き九種義なり。

天竺靈地は次の如し。
一、鞞婆羅跋恕、二、薩多般那求呵、三、因陀羅世羅求呵、四、薩簸恕魂直迦鉢婆羅、五、耆闍崛、
此の西域に支那より求道せし僧は、唐代に六十人ありと、大唐西域求法高僧傳に記逑ありぬ。

此の地に至るは支那の西方葱嶺の東西に存在せし嶺、東は新疆方面にて、高昌、亀茲、疏勒、莎車、于闐にて、更に嶺西は赭時、怖捍、颯秣建、覩貨羅なり。その道は天山南路を通りて喜馬拉耶山を越えて至りぬ。詳しくは、大唐西域記を讀むべし。

十七、

權守十三左衛門尉藤原秀榮が平泉より、安東氏季の養子となりて、秀寿、秀元、秀直、と代々す。秀榮のとき秀寿、早世せし佛心にぞ厚き秀榮、安東船をして天竺への往来を志して、支那の張理契を水先に渡航せしめたり。時に元久乙丑の二年にして、十三湊を出でたる船、三艘たり。済度佛化の旗を船先に、佛土天竺を指しての船出は、海に船をも飲むと曰ふ巨魚マカラの海を渡ると曰ふ古傳におびいたり。

此の船の歸湊はなく、その行方も知らざるまゝ、今にたゞ傳説にては、海のマカラに飲まれたるものとて、古話に傳はるのみなり。船の名は、山王丸、荒覇吐丸、日本丸、と曰ふなり。十三湊記に曰く。元久乙丑年六月廿三日、自十三湊向天竺山王丸荒覇吐丸日本丸支那人張契民張理契水先船出云々とありぬ。

北鑑 第廿一巻 附書一

附書一 特筆 秘の事
   注言
 此の書は他見に無用、門外不出とせよ。一紙たりとも失ふ不可。

秋田孝季

一、

陸州秘地しるべには、猿石川を流れにぞのぼりて、遠野に至りぬ。南貞任山、北貞任山、に秘標しぬ。討物の鉄鋳る金寶鋳刃物鍛治舞草に銘じ、山々皆々、黄金の寶藏續石の地鳴りに、音に、耳かた向けよ。早池峯山の花畑、代々にして根を黄金に降し、その根付久遠に枯ざりけり。姫神の石柱、着雪に片富士の嶺指しぬ。古き代々よりの陸奥の岩藏に積にし、白銀、黄金、泉湧きける洞に瀬音して清し。本流六枝の澤、古にしてまむし穴、狐穴、狸穴、千古の巌も溶しける湧清水、年毎に深み、寶水を護りける。

東海に潮鳴る三陸の東に岬あり。日の出の昇るを、朝に先なる魹を十二の神祇に當るゝ荒覇吐神ぞ神降る山田の浦、双島の景ぞのどけきあたり、社ぞありぬれば、人とて参ゆるなし。安倍の萬代、この謎こそありて、萬歳なりとこそ、日本の明暮れぞゆかしき。厨川を西に落合の崖落に、命を救ふべきありき神、坐すとや。仙岩峠にさしゆきぬ。二股の古城ありて、𡸴しきに道入りぬ。駒の岳、火吹くの度々に人の登らぬ澤ありきは、またぎ耳知れる處なり。和賀山より羽面の山々は黄金のたゞらなせる處多く、尾去山に掘らるゝは、鑛に續くを果あらざるなり。古き代々をして、安倍一族にて山の營をなせり。

金鑛のある處、倭の間者入りて是を掌中に据せんとす。依て、戦の絶ゆなく、黄金の産左右さるゝも、安倍一族をして既産の大量たるを、神坐せる大巖藏に秘を謀りに謀りて、代々を今に安全たり。

二、

安日山の分水ぞ流る末ぞ三方に、安日川、米代川、日高見川をして奥州大里にそゝぐ。古人曰く。此の流域、總て安倍五族の国なりと、代々大王の五王に治したる荒覇吐神の神州たり。野に駒の駆け放てる糠部、閉伊の大曠野に若駒のいなゝき、天高く山の木谺と相渡るは、まさに神々の靈、奥州を護りなす。古代より陸奥、人の靈、鎭しめの宇曽利恐山に黄金となりて相集む靈場ぞ、神々の息吹き、今に猶鼻突く黄泉の靈気遺りぬ。

東日流の法場、阿闍羅千坊、中山千坊、十三千坊を巡りて上磯、下磯の古事ぞ秘む。渡島に渡りてぞ、古事に傳はるゝ、山靼波斯よりの往来ぞ、今にぞ遺りける遺物の多きを知りぬ。東日流を日本中央とせる大王住居西に遺り、東に遺りきを神跡とて今に祀りき謎ありぬるは、曰ふにも及ばざる古跡ぞ、今に遺りきぬ。石神祀る雲突く神殿の古き世の木鼓ぞ鳴るを、今にぞひびき遺る外浜合浦の青森檜枝風まさに神しゞしめの靈音と聞く。

住人の祈るらん神祭文に聞かば、あらはばきいしかほのりがこかむいとぞ、幾千年にぞ神祭る傳習たり。かむいの丘ぞ上磯神威丘、外浜大泻丘、糠部都母丘にぞ眠りきなり。

日嗣之丘、奥内之丘、孫内之丘、三内の丘、入内の丘、平内の丘、糠部相内の丘、古代なる民の住むる處ぞと傳りき、神處なり。

西行法師の歌に、

〽陸奥の おくゆかしくぞ 思ほゆる
  壺の石ぶみ 外の浜風

丑寅の国肇むるの遺跡を證す壺の石ぶみとは、語部文字なるを彫り抹消し、日本中央とぞ石碑の遺りきは、外浜かしこに在りけるも、中山にありきには古きのまゝなるべし。

北鑑 第廿一巻 附書二

附書二 特筆 秘之事
   注言
 此の書は他見に無用、門外不出と心得ふるべし。一紙とて除破すべからず。

秋田孝季

一、

中山の名も無き澤に登りて、奥に鬼の津保と曰ふあり、諸々傳の多き處なり。人の峯入ることも、唯、獸道に狐狸の走る他、物もなかりけり。不可思儀なるは、生ゆる木立珍木にして、樹下常に人の手入れたる如く、草一本生えざる山地なり。

連峯に魔神山、魔嶽と曰ふあり。人、入りて歸らずの山と世稱されたり。此の麓に安倍一族の秘墓ありて、石塔山荒覇吐神社の社境在りぬ。太古よりの聖地とて、一族の他、立入るなし。此の社境に訪れる者の、人の域は六十餘州に住居ありぬ。安倍一族、康平五年に一族崩亡以来、安東一族にて護られ来たりぬ。神の行事一切をして秘行に在りて、世人の知る處に非らざるなり。

仲秋の十九日に此の社にて、夜を通し祭事を司るは、一族各々、鎧、討物にぞ装ひて招靈せるは、まさに一大事、戦起に集ふるが如し。渡島より長老の来りて、古事のまゝなる行事、寸分も変らずに祭文奉拝す。管絃と太鼓、打鐘、古曲に奏ずるは、何れも山靼渡来なるものに樂奏す。何れも秘曲秘傳にして、安倍一族の三年に一度の行事たるもありぬ。曲は五種にして、舞を添はしむなり。

一、饕餮の舞、二、外道發起の舞、三、摩伽羅の舞、四、荒覇吐神招降の舞、五、陸奥深招の舞。依て、祭文の義ありぬ。

かけまくもはからとやからの敬って曰さく、かしこみて古る事の祖あかり招きて神火に曰さく。いと瞼を閉じての境、姫神、早池峯、五葉の神にぞ、神藏を護り、さきはひ給ひとこそなり。天に地に水になるアラハバキ、ルガル、ラァ、アメン、オスリシ、カオス、ウラノス、ガイア、ポントス、ゼウス、アテナ、インドラ、アグニ、スーリヤ、オーデン、ブイリブエー、アブラハム、イホバ、アラー、ブルハン、トウテツ、マカラ、の阿僧祇になる神々の降来かしこみ、はからやからとともに、かしこみ曰ふさく。

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是の如く語部に奏上されにしは、神事に解難きける祭文たりぬ。一族、皆ながら是を秘行とて行ず。

二、

奥州は安倍にかゝはるゝ秘事多き国なり。衣川関より矢盡山、大森の山中に金止澤ありぬ。是より山又山の連峯に安倍一族の金山探鑛の跡あり、金止するは秘たり。産金は膽澤川を降り、金入の藏に集藏し、閉伊にぞ移し、巖藏に永代藏すと曰ふなり。

羽奥、陸奥にて産金せるは少々なれど、數を以て大産せしは、渡島にも及びぬ。長きに渡りて藏せしは、その量にもありぬ。幾萬貫とも、その全量知るもの無し。金を運ぶる道ぞ、ベゴ道、塩道と稱して、運者にしてこの箱の蓋を破りて、金をぞ見たる者は、断罪されたりと曰ふ。

閉伊、東日流に隱藏せしは莫大にして、十萬荷駄と傳ふ。はたして十萬荷駄とは如何なる重量のものかは、知る由もなかりきなり。閉道荷運駄賃帳に曰く。山道駄賃は鑛石駄賃百匹也。連駄馬尾に繋ぎ荷駄十六頭なり。冬道にては三倍にして橇を用ふるもありぬ。巢伏より猿石道、遠野より仙人峠越え釜石に至るは三倍にして、夏冬同賃たり。東日流道、糠部道は通常なり。炭の一俵、荷駄七俵、橇三十俵なり。鉄は一貫毎の賃にして、米また然りなり。酒樽にして二倍なり。賃駄は安倍の代より創まりぬ。云々。是の如きは、里程の定かならざるも、駄賃の程を既行せるを知りて参考となりぬ。   以上。

甲寅年   末吉

後記

此の記は特筆なり。事に明白ならずとも、安倍一族の秘事は、上の系図を讀まずして解くを能はざる處なり。秘事の一切は、北海に浮ぶる水上の氷山にて、水底の大を見知らざる觀念なり。秘は秘とて尊重し、以て盗人を防ぐる故にも、秘を密とせんは、吾がつとめなり。

甲寅正月五日  津軽飯積之住  和田長三郎

和田末吉 印

 

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