北鑑 第卅二巻

注言
 此の書は他見に無用、門外不出とせよ。亦、一書とても失ふ事あるべからず。

孝季

一、

安東一族が東日流中山に祖先の菩提を誦すに伍佛本願を稱名す。法要の主旨は古くは安倍氏、安東氏の丑寅日本国に於る戦殉菩提を供養せる一念に依れるものなり。此の山は、康平五年の昔より秘墓にして、和田一族を倶に歴史を留どめたる靈域なり。

太古には津保化族のイシカホノリガコカムイの聖地にして、石神は今に遺れる處なり。巨石を積上げたる大石塔(注、積石金字塔の如し)今に遺れる故に、石塔山と呼稱すと曰ふなり。東日流中山とは東日流半島の背の如く南北に峰なし、日本中央なる位地なるは、北方に渡島、樺太島、千島をして丑寅日本国とせる古代民の意識なりせば、丑寅日本国の中央なり。吾が丑寅日本国の住人の祖は西海の彼方、山靼及び波斯国の渡来になるものなり。その歴史に遡りては十五萬乃至三十萬年前と曰ふは、語部に遺れるなり。

北方は古来より倭人に曰はしむれば蝦夷国なり。然るに国肇し大王を以て国治せる五千年の歴史の跡や遺れるは、そのゆるぎなき證なり。

二、

チパン、ヂパング、ツカリ、ツガルと古語の地稱にありき。東日流には国肇五千年の歴史ある大王国たるを知るべきなり。東日流は海浜を上磯と稱し、大里を下磯と曰ふなり。阿蘇部族、津保化族、宇曽利族、都母族をして代々をなし、遂にして大王国と国を肇むるは三千年前なるも、耶靡堆より安日彦大王、長髄彦大王落着し、丑寅日本国になる坂東の熟族、陸羽の麁族、東日流の津保化族、宇曽利の都母族らを併せ荒覇吐族として丑寅日本国とせるは山靼にも知れり。また支那唐帝の古書にも遺れり。黑龍江を道とし、その往来は丑寅日本国の古代異土との交易道たり。

信仰にアラハバキ神の渡り来る道にして、是を氷水往来とも稱したり。モンゴル、ブリヤート、シキタイ、オロッコ、オロチョン、チングウス、ウデゲ、カン、アヤ、クヤカン諸族の渡来定住せるは、古代丑寅日本民族にして、是を併せてアラハバキ族と稱せり。

信仰に一統して語部文字をして、古代の證を遺しけるは、波斯国の渡来民に依りて今に遺れり。 石置文字、 縄結文字、土着の民は文字を以て相通ぜしむ智あり。その文字なるは七種に及びぬ。

三、

語部録に曰はしむる人祖の事は、十五萬年乃至三十萬年と曰ふ證にあるは、満達国の傳より石骨人をして曰はしむる史證なりと曰ふ。支那にては、黄土の冠を抜く處より石骨人の遺骸、頭骨に似たるものにして、骨石となれるは三十萬年に溯ると曰ふなり。

支那にては燃ゆる石層よりも出づるあり、現世に住むるなき石龍骨の出づるありき。

なかんづくモンゴルに土出づる多し。吾が丑寅の地に渡来せる人祖たるは、三十萬年前にては、猿猴の如き相様にして、大角鹿、毛犀、小耳象及び長牙虎を追狩して定住せしを人祖とて語部録に記逑ありぬ。太古にては狩獵、漁撈の他生々非らず、石を刃物とせる世代なりと曰ふ。

四、

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丑寅日本国に遺る古代語部文字の實在にて、倭の古事記及び日本書紀の傳は、古きの代を夢幻に記逑せるものぞと知るべし。紫式部の曰ふ日本書紀などは片そばぞかしと評せるはその意趣なり。倭史の如き太古の事は、世に實在もなき神代をして史頭とせるは、丑寅日本史にくらぶれば、雲泥の相違ありぬ。世に權力を以て侵略をまさにせる者の後障となるは、史證の妨げなり。

古代の民は住地を犯す勝者のまゝに不復從にして報復は常に潜密せりと曰ふなり。丑寅の弱き執政は、人命尊重なる古律に敗れたり。日本將軍の通稱前九年の役とは、敗るなき奥州の陣營たるも、厨川に敗れたるは、先づ人命の尊重をして、勢の半を安住地に移しめたる故因なり。戦とは人の闘爭にして、安倍一族が古来の掟とせる法度を護りたる一因に依れるものなり。

五、

須く吾が丑寅日本国史は、倭の侵攻奥州に及ぶ程にその實證を失ふなり。僞史を以て民を惑はしむる皇化の策謀は、民を下敷く程に勢をなすは、地方勢を加ゆる功妙と相成りぬ。倭人らは古来より、奇々快々なる信仰の奇想天外なるを好みて求むるあり。神話の世界も史實と覚つ念の迷信に無疑たる多し。依てその道に信じては、不惜身命たり。

吾が丑寅の民は人命を尊重せるを一義とせる故に、物事を石橋をもたゝき渡る如く念ありて、猪突猛動は古来よりせざるなり。かくあるが故になるべくは爭ひに避け、戦に退き、人命を護ると先とせり。戦に国危ふければ、老人、女子、童、等を安住の地に移しむは常なり。亦、戦に對戦せるも利ありて攻め、利なくして退くを戦法とせり。依て、倭の征夷軍は永く蝦夷を平ぐを長期にして叶うなし。

六、

古代より丑寅日本の民は、海を道とし、舟航を究め、その船造りを航海に安全たるを心得て、星座、日輪の暦に智覚を求め、季節の潮流、風波の展望を究めたり。吾が国は北海の故に船出づるは、能く心得たりと曰ふ。

山靼への海航は渡島、樺太の沿岸を航して黑龍江に至り、その川を道として満達及び蒙古にて至れりと曰ふなり。凡そ、智識を世界に求むるは、先づ異土の流通にありとて、是を民族挙げて通商せりと曰ふなり。鉄を鑛鋳鍛治せる採鑛法も、總て山靼より傳授されたるものなり。此の諸技を得たるに依りて、丑寅日本は、古代王国の端を五千年前に發起せり。古代より今に傳へらる舟に宇曽利のハタ、渡島の皮舟トナリ、東日流のテンマあり、何れも皮帆たり。大船を造るに至りては、安東船あり。沿岸航なく大海横断を果せるに至りて、往来多し。

七、

〽蝦夷地人 世を仇浪に 氷雪の
  渡島樺太 住家定なき

倭人をして討物かざし渡島に渡る者は、地の民を人と想はず、神への掟も破戒して山海の幸を狩漁に鳥獸魚群を絶やしむ。丑寅の国は、倭人に曰はしむれば、蝦夷よアイヌよと人の種に想はずその住家を北に追放して、その肥ゆ地を占領す。

東日流に安東氏此の地を地領せしは、地族住居を犯すことなかりきに、蠣崎藏人、宇曽利より安東政季と倶に渡島に落着し、政季が秋田檜山に安東義季の後を継ぐ事と相成り、渡島の地を蝦夷管領として渡島十二舘を委任せり。依て蠣崎一変して地族を北に追へて、その地の幸を税として生々を苦しめ、地民の反乱相續きたり。近くはコシャマイン、シャクシャインの乱ありて原住の民は、更に北に追住されたり。依て安東政季、渡島に渡りて蠣崎氏を大いに責たり。

八、

世の先きなる無界無時空なる一点より起因せる光熱の爆烈に依りて、無限界にその残塵の物質、浮雲の如く浮遊し漂ふも、重き軽きの動力起りて、縮塵して成れるは宇宙阿僧祇の星群、星雲の誕生なり。その物質星に依りて燃え輝く星、また暗黑なる星雲、宇宙を構成し星界は常にして銀河と曰ふ星群をして燃盡きては爆烈して砕け散る星の生死あり。死の黑き砕雲より新星誕生してのくりかえしなりて宇宙は成れりと曰ふ。

かく銀河一群に成れる星の數ぞ幾億の數に一銀河は成れるも、宇宙にはその銀河の數、幾億と存在すと曰ふなり。吾らが住める地の星は日輪誕生と倶にぞ餘塵にて誕生せし惑星にして、日輪の恒星軌道をめぐる第三惑星にして、月は地星の衛星なり。地星は表面七割の水面ある惑星にて、日輪との距離に適當して誕生しけるに依りて、その光熱を浴し、地と水と化科に生命の萬有せる星と相成れり。是れなる地球星の一星をして一銀河に成る星々にくらぶれば塵粒の一星なり。

生物生命の地星に誕生しけるは成果にして、宇宙は因にて誕生し、生命は果に依りて誕生せるものと、外道論に既説あるは、古代アーリヤ民の究明せるところにして、これを法則とせり。依て、因と果なる諸論に究極せるは、太古にして成りける化科の法則に基くなり。

九、

世に学道のすばらしきを知るべし。また人間ほどに究むる智能の保つ生物は世になかるべし。宇宙を見つめて、その運行に暦を數ふる算術や、言葉を永世に遺さむ語印とて文字を遺して傳へ、更に化科の法則を遺して、醫科、藥学を人生の爲に遺しけるは、すばらしき大事なり。たゞ憂ふべくは、人は權力を欲し、富を慾するが故に爭ふさま、世の進むるに尚以て、悪智能に長ずるは欠点なり。

学道は誠實にして無上なり。学ぶるは天秤の如く平等を以て究むこそ、その眞理に達成す。吾が丑寅の住人にして古来より戒む、神は人の上に人を造らず、また人の下に人を造る事ぞなかりきと。

十、

世の總てに於ける一切は因と果に依りて物質は生ぜり。生命また是より生じ、その萬有なる生命の中に、目にも見えざる菌の如き微細なる生物ありて、世代の環に適應して進化し、己が子孫を遺す遺傳の成果、常に進化と退化に以て移世の毎に適生を爲して生存せりと言ふ。

人は人に加害を及すものを駆除する如く、諸生物もまた自からを進化せしめ適生す。菌の如きは如何なる猛獸とて病菌となりて、その體内に寄生して、その生命を断つなり。病菌は空を飛び、人體をも犯すなり。人は是を流疫と怖れ、神に祈祷し、悪魔として祓ふるとも、その病原菌を駆除もせで防ぐる事能はざるなり。かゝる迷信より先に自身の體を除菌せるを感得せるを先とし、醫藥学に精進せよ。依て衣食住の不断に心得て、病菌を招く勿れと戒むなり。

十一、

抑々、宇宙誕生の先なるは、物質も無く、時を爲す時空にして、何事も存在なき無の幽界たり。その幽界に一点の因起りて、計り知れざる光熱の起る起爆にて光熱の擴爆無限の幽界を燒盡してゆくあとに残りし残塵ありて創めて物質と曰ふ宇宙を構成せる物質塵、漂ふたり。依て、物質間に重力起りて、その塵を集縮せり。その物質に誕生せしは銀河宇宙なり。かく宇宙の誕生を解きけるは、古代アラ・ハバキ神の神を感得せし古代カルデア民なり。宇宙誕生はかくして成れる論理は天竺に渡りて、その故を因と果とに構成さるゝをラマヤーナと曰ふなり。かゝる由をアラハバキと曰ふ。

十二、

羅摩耶那とは、天竺外道の餘言にして破壊と創造の神を意趣す。世の創む宇宙の誕生より、その終末になるを説ける法典なり。天変地異、人の世に及ぼせる諸々の悪疾の流行、大飢饉など、そして人との戦乱、衣食住の無き果しなき逃亡と貧苦の限り、まさに生きての地獄道は、久しく人に救ひなきを羅摩耶那と曰ふ。人は生々衣食住に満てこそ泰平なるも、その生々乱れては善道なし。世は暗黑にして生々互に殺戮を以て生命を保つ他なき世の至るは、まさに神の報復たるを曰ふ。

如何なる信仰も安心立命に叶はず、ただ崩壊のみにして救済なき世の當来あるべく餘言は必ず至ると曰ふ。

十三、

天竺にシュードラと曰ふ預言あり。古代アーリヤン族の信仰より出づるものなり。彼の預言に曰ふ旨は、日輪の終末は九惑星を倶して微塵に砕けて暗黑の宇宙塵と相成り、やがてその星雲より新しき日輪、惑星が生ると曰ふ。宇宙創世の大爆烈にくらぶれば、かく出来事は火花の一粒の如きものなりと曰ふなり。宇宙に在る阿僧祇の星一星とて、かゝる終末のなきはなかりきと曰ふ。

因に起り、果に依りて成れる總てに終末あり。また蘇生せるは宇宙の誕生より因果の生死は常にめぐり不変なるはなしと曰ふなり。抑々、人の生涯に同じくして、永世に不老不死の叶はざる法則に刻はたゞ終末に赴きて、しばらくも留めがたき因果の道理を悟るべし。かゝる有爲轉変の世に心の安らぐる神や信仰を想定し、求道に己が四苦解脱を以てたどるとも、迷ひば邪道の一途に空しく赴くのみなり。佛陀の曰ふ解脱とは四苦諦なり。その無上なる眞理とは、次の如くなり。諸行無常是生滅法生滅滅己寂滅爲樂と曰ふ道理なり。然かるに、丑寅日本国に遺れる荒覇吐神の信仰に於ては、生老病死の轉生は、新生への必至門にして、是を怖れる勿れと説きぬ。生命終るは、屍のみにて魂魄は次の新生に求めて、父母の新しきまぐわいの精子のなかに入りて誕生せるは間ぞ遠からず、一年を経ずして生ると曰ふ。然るに再び人間に誕生するとは限らず、前生の業に神の裁きあり、形體を異に生ずと曰ふは佛法なるも、荒覇吐神の信仰にては、死後に裁きなく、總て現世にあり、死して地獄、極樂のあるべきもなしと解きぬ。亦、生類異にして生を甦るなく、人間は人間に生るとも、前世の業に逆轉して生ると曰ふなり。人の生々に命運ありて、各々同じかるなかりき。

十四、

凡そ世にあるこその史實を障りなく遺すは正しき乍らも、遺る事能はざる世襲なり。長きものにはまかれろと言ふ諺の如くかしこに遺れり。依て地民は見ざる、聞かざる、言はざるに下敷かれたり。

古来丑寅の国は、倭の国とは風習一切異にせる国にして歴史の上にあり、日本国と国號せし国にして、大王を累代せる国治に在りて、その生々豊けく幸の御園たり。

その泰平も、西南に起りし討物とりて泰平を踏破る輩あり、東征に軍を振いてとどまるなく、たゞ和睦なき討伐行に遂には丑寅の地まで触侵されたるは史實なり。その行爲とゞまるなく、現代にもとゞまるなかりき。

更に信仰までも丑寅日本の国神荒覇吐神を外道に伏し、心なき倭神に崇拝を強制せり。依て、民の多くは和睦の仮相に倭神を祀りきも、心中にては荒覇吐神を崇拝してやまざるなり。荒覇吐神社は、人里を離れたる仙境に未だ遺れるはその故なり。依て、丑寅の神は不滅なり。

十五、

生命體を死に至らしむは病菌なり。病菌は原體見ること叶はざる微生物なれば、寒に強く、暖にも強し。風に乗り空を飛び、雲霞にて地に降り、水に乗りて人里に殖ゆは、諸菜、飲水にて人體に入る多し。また吸う息に混じて入るも多し。體に胎潜し、寄生せること數日にして触れて死に至らしむ。病人の體は菌種の倍殖の巢と相成り、他に移り、是を人は流疫とせるも、菌種の生滅せるはなかりき。菌種に依りては人の子孫に通じて潜在せるありぬ。依て、是を退治せるは、食生に熱通し、衣を洗ひ、住居を清淨に、日光の能く當るゝを不断とせよ。生物の長時に保たるを捨てよ。人の古着を着用せず、沐浴し、口をそゝぎて常に身體を汚す勿れ。

十六、

生々萬有の生命體に連鎖ありて、自體の生命體子孫を遺すべくは、有生の他生を飢食とせる神の法則ありて、生死はくりかえされぬ。萬有の生物はその故に多種少種の類ありぬ。何れも多からず、少なからず、萬有の法則は成れり。他生飢食に生命の連鎖ありて、その生命界は成れり。依て、吾等一日の生々を得ることは、多生飢食の故に生命保存ありと神に報思すべきなり。信仰とはかくために存す。

十七、

吾が丑寅日本国に遺れる古代遺跡の多くは、土中に埋り大自然の草木にその過却を秘り、古代王居のハララヤも是の如くに秘り、地上に遺るゝものとは生死の流轉になる過却の景のみなりき。

〽いにしをば 呼びて答えず 土くれに
  出でくる遺物 ありてこそ知る

往古の人なる暮しの事は知る由もなきも、田畑の耕作に突如として鍬先に掘り出づる、古き世の石鏃及び器片に想ひをその太古に尋ぬるに、古き物事を書綴りける語部録を讀めるごみそにぞ聞く古事なる事は、五千年前にぞ溯れるなり。

古代なる丑寅日本国に於ては、既にして民に大王あり、地辨にしてエカシオテナと曰ふありけり。三千年を経て耶靡堆より犀川加賀の三輪王累孫安日彦大王、長髄彦大王、北落し、茲に日本国を興して、大王となりて、国を肇めたり。爾来、丑寅日本国は荒覇吐神を一統信仰し、丑寅日本国は成れり。

十八、

信仰を一神に一統する国は丑寅日本国耳にして、祖より大王を一系とせるも、古代丑寅の国政たり。抑々、世の創より人住みにし處は代々に爭あり、その歴史は染血史と曰しても過言に非らざるなり。然るに丑寅日本国にては、闘爭は生死を司る荒覇吐神のよしとせる處に非らずと曰ふ。生命は神よりの授けものとて神を異に信仰あらず、不断にして一統信仰たりぬ。此の国は日本国と號け、永世に民の安心立命を得んとて、国を肇むる要旨たり。依て、奥州の民は睦みを欠くなし。

天なる一切、地なる一切、水なる一切、はみなゝがら荒覇吐神の信仰に以て、領民の相互援け合に通じてありぬ。

十九、

丑寅日本国にて古代開化をならしめたるは、東日流にて大王を成坐せしめ、国を肇むる先なる国なり。太古にして信仰あり、海に舟を出して山靼に往来せしは東日流に創りき。産金、産馬の基をなせり。此の国は山靼のみならず、遠く波斯の彼方より歸化人の渡り来たる国なり。古代より彼の国にては戦事ぞ多く、都度にして故地を放棄し新天地に求めて移住せし民多かりし。アヤ族、クヤカン族との往来は後なる倭国の国にして、丑寅にてはその歸化ぞ非らざるなり。近くはオロッコ族、オロチョン族、ウデゲ族、クリル族、モンゴル族、シキタイ族、波斯のカルデア族及びアリヤン族の順次なり。

東の日出づる国、西の諸民乱の起る毎に移り来たる歴史ぞ深層にして、丑寅日本国に開化をもたらしたり。

廿、

丑寅日本国史を、倭史に基ては古代を知る事能はざるなり。丑寅の民は、倭民とは古来の諸傳に異りて、歴史の遠き古代文明の国たり。樺太、渡島、千島、羽州、陸州そして宇曽利、東日流をして六族に大区せり。流鬼族、渡島久利留族、宇曽利族、東日流族あり、宇曽利は津保化族、東日流にては阿蘇辺族の別稱ありぬ。羽州にては熟族、陸州にては麁族と曰ふなり。坂東にてはかく諸族の混生なり。

古きより馬を産飼してその種ありて、シキタイ馬、モンゴル馬ありぬ。牛飼もあり、太角牛にて寒地に強し。古人は能く犬を飼ひて山羊を飼ひたりと曰ふ。良種を遺さんとせるに雄精を抜きて優れたるを種雄せり。これも山靼よりの傳統たりと曰ふなり。

廿一、

歴史の實相をば、世襲に逆らふて世に明らさまにするは、至難業なり。權力は自讃過多にして、實相は障りなり。依て實相をしてあばかる行政に民起りせば、反乱とて是れを鎭圧せしも、政治の鎭圧せるはなかりけり。武執に民を伏し榮華の殿上に在りき武家政治に否を戒しむるは、戦に以て是を忙ぼさでは成らざるの現世の相ぞ、何をか以て正道に政事を攺たむや、今上にして術ぞなかりき世なり。士農工商とて国の人位をなせるは、立前なる悪政の兆しなり。

人は武威以て国治の泰平なかりき、人は己々自在にして誠の睦なくして安心立命なし。本来、平等攝取なる佛法とて、民の信仰をそぞろに權者の笠に入りて信仰に階級なし、衆をしてその障りあり。葬儀に戒名に、死後までも佛陀の教へに異なれり。信仰に論師を以て説くは、行道に於て何事の解脱なく、たゞ金銭を先として、たゞ葬儀營業者なる他、下民は求道に誠ありても、その導きになし。道理の教へぞ素易なり。とかく金銭の先なすものには善悪を問はず、その行理は平民と異なる多し。

廿二、

人は生命體を抜け魂魄のみとなるや、虚空萬里を飛び、世に新生せる生命體を産むる父母を求めて飛遊すと曰ふなり。魂魄として骸を離る間少かにして、昼夜もなく子を巢だく父母を求めて入魂すと曰ふなり。魂魄は菌と同じく微細なり。その胎に潜伏をすることしばし、やがては誕生して新生す。信仰に説くは何事も證なき推論なり。死しては生前の業障、罪障を裁かれ極樂、地獄にその魂をば往生すと解くが、是れぞ信仰の立前にて實相に證もなかりき作説なり。人の甦りは信仰、無信仰にかゝはらず、世に往生し、父母を異ならしめて甦えるなり。信仰とは生々の心の安らぎにして、安心立命のものなればなり。能く心得よ。吾は生滅に甦えるものとぞ。

廿三、

荒覇吐神の信仰に一統せし丑寅の民は、死を怖れざる信仰に迷信なき生死の道理を自から解く神の導きを信じ給ひて、全能なる神の實在を悟りて信仰す。人は如何に智にぞ生涯を達するとも、人より越ゆるはなかりきなり。依て、人は人皇大王なりとも神を冒瀆して神とはなれざるものと覚つべし。依て、人は萬有のなかに抜け得ず、生死のなかに生老病死を以て永世に渡るなり。

水はその流れは同じく見えども、一滴たりとて元なるはなかりきなり。世に萬有せるもの、世に在る事しばし、生死の流れに元なるはなく、常にして子孫累代の轉生なり。かゝる現世に生々流轉して今生を離れては人生久遠にして、生死のなかに人身を得て、新生する輪廻の生涯にして、神の全能に掌握され、是を免るゝなし。丑寅日本の一統信仰なる求道には、祖来かく信仰の旨に要する處なりと曰ふなり。

廿四、

世に人と生じ、荒覇吐神と曰ふ全能の神を祖来にうけたまはりけるは、丑寅日本民族の累代五千年の履歴なり。世のなかに萬国をして信仰と神を崇まざる国なけれども、哲理に化科に叶ふなく、多くは迷信に在る多し。

未だ太古より荒覇吐神の存續せるは、難易にして遺り給ふは、神の全能なる神通力の故なりと覚つべし。信仰に化科の道理を以て解き、神と曰ふ眞理を代々に傳ふは、他信仰になかりき。丑寅日本国民族一統に信仰を代々に受継ぎて語部にて歴史の實相を知るは、古来より山靼に相通じ、往来せる民族の睦みにぞ智能を得たる證なり。

抑々、古代の實相を語部に遺して、古代智識の頂に在りき民族の求道に依れるものなり。何事にも化科の外れたるなく、迷信を入れざるの信仰、天地水一切を神とし、神話の類ひに空教せざる眞理にぞ、信仰の要を究むる民族の古代進化のたまものなりき。依て、吾が丑寅の日本国は肇国より、是の如き智識にあるを心して覚つべし。

廿五、

東の日出づる国、吾が古代の丑寅日本国は、その国號に稱する源なり。民族累代にして、代々大王を一系して安倍、安東、秋田氏に相渡るとも、その累血を断ずるなく現世に猶以て大名の君坐に不動なるは、一族をして世襲に折れず、柳に風の如く受け流して、その不動なる信念は子孫にかたくなまでも累代せる故なり。倭侵にて一族皆滅の前九年の役、そして陸奥東日流に不死鳥の如く再興せしは、古来の民族質の強さなり。安倍一族の民は、人をして上下の級を造らず、また造りたる過去になかりき。歴史の實相を神話のたぐいに迷ふなく、民族祖先の實相をわきまふて作説のなき語部の遺れるほどに、古代を知るは、化にぞ非らざるなり。

丑寅日本国、各處に遺る安倍、安東、秋田氏の歴史をして遺跡ありぬ。實在せる古代大王国の歴史を信ずべきなり。荒覇吐神の未だに崇拝ある五千年の歴史を軽んずるべからず。

廿六、

北鑑、第卅二巻了筆に付き申添置きぬ。

本巻は奥羽、陸羽の諸人の曰ふを聞書せしものなり。玉石混交なるも、此の書はみちのく諸人の聲なりき。一聞たりとも亦同意趣にあれ、綴り置くも子孫の責務なり。

天明の三春大火に燒失せし史書の無事なればかかる尋史の労苦はあるまずく眞價に厚きも、今にしては詮もなかりきなり。

吾ら一族の事は、とかく歴史の實相とても、世襲にありにくしきは、世襲權力になるものなり。故以て、本書の事は禁の解かるは、いつ世の事にか知らねども、必ず至る時ぞあらん。世は常に移り、人は萬代に權位を保つ難きなり。能く保つべし。

〽過ぎにしも 吾が日の本は あらはばき
  苔に埋もるも 息吹あらけき

不死鳥とは、吾が一族なり。今や時や明けなん。心して萬機の當来に至らば、世にいだせよと祈り置きつ筆染む。

秋田孝季

和田末吉 印

 

制作:F_kikaku