北鑑 第四十二巻

注言
此の書は門外不出、他見無用と心得よ。亦、一書たりとも失書あるべからず。

孝季

一、

北極星、地軸の彼方に在り、不動にして宇宙の芯を爲す。丑寅日本国は大王を国、中央に置き、その副王四人を以て東西南北にぞ領地す。諸邑に長老あり。王位諸議を決するは長老なり。大王継位となりては、渡島、東日流、宇曽利、飽田、閉伊、庄内、吹島、ら二千餘の長老集り談議す。副王の儀は、大王にて選び、長老は民をして選びぬ。副王は郡主を選び、かく六三の割にて賛否を數に多きを決す。依て、大王が長老に、四人の副王は大王に、郡主は四人の副王に、そして長老は民にて選らばるの掟たれば、何れも役目に勝手あるべからずの治政たり。是れぞ、古代シュメール及びギリシアにぞ習ふ山靼渡来人の導きなりと語部録に遺りけり。

丑寅日本国の古政は民、長老、大王、副王、郡主、部民、と順輪して成れる大王国なり。部民とは特技ある職人を曰ふものなり。即ち、鍛治、山師、織部、玉造、塩燒、杣夫、神司、馬飼、鷹匠、マタギ、水夫、樂師、巫女、卜師、石工、船工、鞍造、この他職人多し。部之民は常にして大王のチャシに住みて、領国特産なる資を集して、湊に船を、農する地には鍬をと諸民への諸道具を造り、民の衣食住を向上せしめたり。

語部録に曰はしむれば、丑寅日本国の肇国以前にして、一族を統卒せる王は次の如く古文字ありぬ。

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阿蘇部族の地住は古民の初住なり。次には津保化族にして麁族は阿蘇部族の子孫なり。熟族は津保化族の子孫にして、クリル族は山靼の渡来歸化人なり。

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是の如く、各住族の生々を記し置ぬ。古代人は好みて海辺に住み、また大河の辺に住めり。山住のものとて湖辺に住む多し。

二、

とは、天、地、水、の神と曰ふ古代語にて曰はばイシカホノリガコカムイなり。天なるは無辺の明暗あり、宇宙の彼方、阿僧祇なる星の生死界もまた無辺なり。星光久遠なりと思ひども、星にも生命ありて、時、至りては青光を失なふて紅光と相成り、星體を爆烈し、宇宙の塵と砕け、その塵より新星誕生す。即ち、人、死して魂と相成り、骸は土、水、となりて、また子孫に甦る新生に誕生せる如く、宇宙に於てもかくなればなり。

地界は擴しと思ひども、日輪を軌週せる惑星なり。月界は地惑星を軌週せる衛星なり。地に海の海満干を起すは月界の故因なり、地界は日輪誕生時に日輪の餘塵にて誕生せしものなり。その兄弟星とて、金星、土星、火星、木星、水星、の如きあり。地界に海なるありて、生物誕生して萬物生命、世に誕生せしは、日輪の光熱と大地の元素に、海なる水の化成に生命の種、誕生せしより、せきを切る如く、世に萬物の生命、耐生進化を常に、大地の環にその生命子孫を遺せし一種より多分せる萬物のなかに、人類と曰ふ吾らの祖人誕生せり。

三、

と語部に曰ふは、子孫に傳へると曰ふ意趣なり。例へばは宇宙にして、は日輪にして、は月、は星なり。は神にしては人なり。は男にしては女なり。

語部文字に七種ありて、何れも山靼歸化人にて傳へられたるものなり。かく語部文字をして古史丑寅の日本史は遺れり。是れ漢文なれば、今に遺ることなかりき。依て、安倍氏上の系図を秘を保たれり。安倍下の系図をして、茲に世視に示せど、一見謎多き羅列のみなり。とは秘なり。依て、日本將軍厨川に敗るとも、子孫をして大名たるの故因なり。

四、

幕府をして、丑寅を更に北領を知る者はなく、にはかに拙家の古文書を請ずとも、今さらにその要ありけるとても、先代に諸々の北方にしるべある安東一族の古書あさり、燒失に藩令せるありて燒却せる付けぞ、今に到りて要たるも、一紙の明細、價なし。三春藩、秋田氏の古文書も亦、天明の大火に城棟一棟とて残らず、民家、菩提寺までも燒失す。

代々をして北方を記したるものなく、東日流、秋田、渡島に縁りの者を幕令にて探捜せども、何事も安倍、安東、秋田になる一状も出でるなし。最上德内とて、千島の一島近辺に了りて樺太ぞ渡るなし。ウデゲ族、クリル族を間宮倫造と曰ふあり、坂東の人なり。サガリィン及び渤海の海産を舞戸に寄せて京船及び敦賀船に仲買商せし問屋たり。東日流にては吹浦湊、金井湊、鯵ヶ沢舞戸湊、十三湊に堺屋、加賀屋、敦賀屋、大丸屋、越後屋、柏屋、秋田屋、能登屋など今に子孫を遺す者ありきは、かく問屋の多きが故なり。依て北方の地、サガリィンなる水先の海図あるやとて、是れを探しむれど、皆持遺せるものなし。唯遺しけるは間宮倫造家耳なり。

五、 安倍上の国系図 目録

上代加賀国犀川上郷三輪山之住耶靡堆ヤマト大王記六巻、
阿毎彦アメヒコ大王記七巻、
白山大媛ハクサンオオヒメ王記五巻、
耶久彦ヤクヒコ大王記四巻、
明日香アスカ大王記十二巻、
九龍彦クリュウヒコ王記六巻、
日女香媛ヒメカヒメ王記三巻、
箸香媛ハシカヒメ王記十巻、
大三輪オオミワ大王記三巻、
膽駒イコマ大王記五巻、
斑鳩イカルガ大王記八巻、
羽曳ハビキ彦王記二巻、
伊吹イブキ大王記六巻、
高石陜山タカイシハサヤマ王記六巻、
富雄白谷トミヲシラタニ王記三巻、
安日彦アビヒコ大王記十巻、
登美長髄トミナガスネ彦王記十二巻、
以上。右は秋田家上乃国系図の原書たり。代々をして大事とせるは、秘社に永代に保存仕るなり。

六、

まだら咲く山あずさえの盛りなる春の末に、檜の梢えに、ほとゝぎすやかっこう啼く石塔山の石塔に苔の新芽に、五月の雨しきりなり。湲水、飛泉玉を流巖にうたかたをしばし留め消ゆさま、人生の生つ流轉を想はしむなり。激流に耐えて、巖に生ゆる水苔の緑ぞ、湲美に添ふ景觀なり。陸奥の山吹は五月の雨に咲く通年の觀櫻なり。

津保化山、魔神山、魔ノ嶽、と曰ふ中山に石塔山ありて、幾千古の歴史を秘めて遺跡を今に遺せり。太古にして津保化族が、此の山を聖地に選びて、天地水の神を祀りき秘境たり。神にヌササンし、カムイノミを捧ぐ、古代密行の道場たれば、参道を造らず、澤を道として、足跡を残さず、入峯の者は大王とエカシの他に許さるなき神の仙境たり。

この中山をして、四方に人の大コタンあり。北には宇鉄、東に三内、西に十越内、南に孫内のコタンあり。チャシも築きたる跡ぞ今代に遺りぬ。此の聖地こそ、安日彦王が丑寅日本国大王として即位の儀、挙行せし處なり。爾来、アラハバキの神を祀りて、更に役小角の密行道場とて、今に崇拝す。

七、

古来より渡島は蝦夷地とて住むる民を通稱アイヌとて、非人の如く彼等の居住地を追へ、北の避地に押やりぬ。古来、渡島全域に居住なせるに、倭人渡りてより、その數を滅し、渡島になかりける倭人病の流疫に多く死せり。彼等を討殺しとも、何事の罪を問はず、彼等反くは問答無益に誅したり。

これに怒りたるは安東政季にして、渡島居住の倭民をことごとく歸郷せしめ、避地にある渡島住民を、もとなる郷に住はしめたり。世は戦国にして、倭地に於ては應仁の乱にて京師にても、

〽なれや知る 都は野辺の 夕ひばり
  あがるを見ても 落つる涙は

いつ果てるともなき東西諸国に軍挙し、修羅場たり。安東一族もまた故地放棄し、渡島、飽田に新天地を開きて移りたり。興国の津浪以来、十三湊は振はず、南部守行の東日流侵駐と兆戦に攻防、故地放棄に決す。

八、

凡そ生命を人體に受けにして、世に生れ、耳をして音を聞き、眼を以て天然の總てを見ゆ。亦、鼻をして物の香をかぎ、口をして食味し、體感に寒暑を感ずるは、身體自から覚つ生長たり。然るにや、人心にして諸学に智識を感得せるは、己が心に錬磨せる求道に依りて成れるものなり。身心は一如ならず、その故に、人は生々の間、死すまでに衣食住、諸行道遺すも、死して世に得たる財は、何ものひとつぞ、黄泉に持ちゆくものなかりき。生れ来たるさまの如く、獨り来て、獨り却り逝く死出に伴ふは何ものもなし。かゝる天命をして、世に善悪を生々に遺すは、心に依てその生々に遺りぬ。

かくの如くならざるを心に求めて、人は神に心に、信仰を以て生死の理りを救済に求道せり。生老病死は生滅の道理なれど、生死の中に吉凶の相々異ならしむ運命あり生々各々異なりぬ。人もまた各々心身をして異なり、正道三昧、悪道三昧あり、生々の中にその何れかに成長す。人、皆善悪を知らず世に生るも、生育の環に己れを成長す。生々にして世襲ありて、その生育も異なりぬ。戦には武を先とし、武威には討物、その極意、その勇、不惜身命果断を美化せるも、その世襲去りては、凶悪なる行爲となりぬ。常に生々の世に渡る人の欲するは、学理、哲理、權威と法則に慾し、派閥衆徒を爲して對すとも、眞理ならざるものは破滅す。即ち、非理法權天に盡きるなり。求道にも世襲あり、法また然りなり。とかく諸行は無常なり。無常なるが故に神あり。信仰ありぬ。

丑寅日本国の国神に荒覇吐神ありて、民の一統信仰にあり国之至る處に神の社、在りぬ。此の信仰にては、大王と民に至るまで平等信仰にして、安心立命は天命に安ずるの要たり。

九、みちのく歌選 一、

〽いにしより 荒覇吐神 信仰し
  神さび渡る みちのくの山

〽人の祖は、猿より分つ 祖累より
  人となりにし 過昔ありける

〽宇宙とて 成れる肇は ありけるに
  星にも生死 ありとこそ知れ

〽暗黑の 中より生る 銀河星
  阿僧祇の數に 擴ぐその果

〽日輪の まわりに廻る 地界星
  水こそありて 命生れむ

〽神秘ぞと 宇宙に思ひは 神として
  仰ぐ夜空の 北斗七星

〽昴消え 月消ゆほどの 日の光
  昼夜ぞありて 生死ありぬる

〽天空に 見えぬ風あり 雲湧きぬ
  海より昇る 八雲雨風

〽何事も 天明け地固の 昔より
  人の先なる 命創まる

〽神カオス 聖火に生る 宇宙をば
  神の語りに 山靼渡来

〽陸奥ほどに 宇宙に見つる 神さびの
  暦に創る 語部の跡

〽光りとは 暗こそありて 知るものを
  生死の事を 人は憂きなむ

〽時を知り 歳をも知れる 天運の
  神とぞ仰ぐ 宇宙ありこそ

〽かけまくも 日輪故の 光熱の
  大地に受けて 神さび渡る

〽萬物の 生死の中に 生死あり
  命を継ぐる 生死あり

〽人の世を 渡る命の はるけきは
  一夜のまたで 生死ありこそ

〽皆無より 宇宙は生る 哲理をば
  究むる人を 神に逆きと

〽宇宙あり 日月星の とこしなひ
  續くと思ふ 證し無きかな

〽星の果 ありつる果は なかりけり
  星の遠のく やまざるはなし

〽阿僧祇の 數をば喰らふ 饕餮の
  暗にぞありき 宇宙の渦

十、

灰色とばりの冬空に横になぐりて吹雪明暮るゝ氷雪の東日流にも、日輪黄道に入りせば、春遠からず。雪解けに、はや木芽ふくらむ。川瀬さわがしく、まだらにも土くれ日方よりあらはれぬ。みちのくは春の息吹きを告ぐるほとゝぎす、はや渡りきて啼き、雪解の湖より白鳥の群、北に旅飛びぬ。逝く流れのうたかたも立消えて、去り逝く水と倶に歸らざる流れの旅に、岸の猫柳ぞ別れを惜むが如く風にゆれぬるさま、人世の人生に似たりける。

眞澄

十一、

此の世にとこそ、父母をして生れける吾れ獨り来て、人生にかきくらし、生々安かることとてもなかりける。常に貧に窮して息のまゝならず。己れの生かた至りては、老ひて先の果てぞ、身心に感じて嘆かはしき前世の因果とぞ、聞かさるありしも、老いにし吾ぞ、未だ前世の因果ぞ知る由もなかりき。おもふるに先人の世に遺したるは、本来、空なるを説きたるや、否、霧中に探ぐるが如し。

吾れは、父母に賴みて生れ来たるに覚ひず、育って知るはこの世なり。今は老のみ残り、世の襲に死もやらず、世の在る様に筆執りて、命の盡るを待つなんも、たれのためや心無し。今期、老に優しき春宵の一刻、貧しき灯りに筆なすは、家族にして障りありけるも詮なかりける。死の訪れぞ、いつくるや今は程近きを感ず。

末吉

十二、

拝啓 先来の御書状拝見仕り候。取急ぎ拝復仕り候。山靼赴きの候はしかと心に銘じ居候。先般に江戸より田沼殿書状参り候事の要に候は、自費一文のまかなふに心配あるべく候はず、唯一身に身支度ありて然るべく候。費の一切は江戸城方、隱密に賜り候事の由を急報仕り候。山靼赴きの候は、小判にて通用難く、亦金純度少なしとの候に付き、純度濃き地金にて二千両御坐候。渡島、松前に落合ふべく願申候。通例乍ら、貴藩に密を得候事を今一度、念に爲し候。

孝季

十三、

謹んで御意仕り候。御貴藩祐筆にて、貴殿の願望しかと膽に銘じ居り候。藩書の多くは人視に未だふれ申さず、然るべく處に隱密仕り候。藩史の一行にも、公に秘なるべき諸巻にしてなり候も、一切は秘密の入庫たりぬるを申上候。上の国系図に候は控御坐なく候も、石塔山傳巻の中にまぎれありと信じ候。何事に付け他視を避け候事乍ら、事の成るを如何ともはかどり難く御坐候。依て御金藏の地金、いさゝか江戸銀座に賣却致し度く、殿の許にあらんことの由を願ひ奉り候。右の件、老婆心乍ら切に請ひ願上候。

時節候変の折柄、御身大事に御祈り仕り候。

吉次

十四、

山に入り毒蛇にかまれ、草分け踏みてつゝが虫にかまるゝ夢、體に染血の夢見るは不老長寿に達すと曰ふ。巖なる山に窟あるに宿ると見ては、願望叶ふなり。虎を見するは、猶、吉兆たり。頭髪、白髪となりつる夢は福寿ありと曰ふ。かく夢判断とて、迷信と思ひば迷信なるも、心に吉運ありとせば、叶はざるとも安らぎなり。

人とは心に依りて憂喜を生じて生々に障り、人に依りては善悪二道に分つとも曰ふなり。宇宙創成より、山海の萬物成長、そして、人間成れる理り、神の信仰、人は心に復雑なる哲理を以て生々の中に、達成を求むを常とす。依て、神と信仰、哲理と学問、掟と權を心に盛衰すと曰ふなり。

十五、みちのく歌選 二、

〽みちのくは 山海幸の いと多く
  旅立添ふる 荷駄の往来

〽荒覇吐 かけまく神の 坐すところ
  海と山とに すづしめ祀る

〽衣川 絶えぬ流れの あさぼらけ
  男石女石の 荒覇吐神

〽うとましや 衣の戦 血の跡に
  気高くかほる 白百合の花

〽北上の 白鳥川に 舘跡も
  今はしるしの 何事もなし

〽山櫻 咲きこそすれど 見る人の
  あるなきよそに 今盛りなり

〽さえ渡る 星月青き みちのくの
  湲にこだまを 鹿のいななき

〽夢覚むる 朝ほとどぎす 白河の
  陸奥路を急ぐ 市場荷駄衆

〽伊治沼の 春水踏みて 白鳥は
  北に飛立つ あとぞ淋しき

〽あだたらの 山に神話の ありけるを
  なぜおしだまる 地の人の謎

〽山路踏む 羽黑千日 行僧の
  五穀に断ちて 即身佛と

〽生保内の 辰子あはれな 物語り
  唄に遺れる あねこもさかな

〽鷹の巢の 擴き稲田に 森吉の
  神ありこそと 咲くや白百合

〽黄金採る 流れの末は 米代の
  海出づ砂に 鰰生まるる

〽仙北の 蕗の下にぞ 雨宿り
  おばこ可愛や わすれずの旅

〽大泻の 凍下に漁す 入網に
  今日の大漁 寒さ知らずに

〽旭日邑 補陀寺の鐘に さそはれて
  座禪の行に 我は今在り

〽報恩寺 モンゴルはるか 二尊あり
  安倍の寄進に 今も遺りて

〽矢巾には 日輪稲田 今も在り
  丑寅日本 今に国なす

〽鳥海の 雪水そゝぐ 海鳴に
  大漁いさり灯 波に躍りて

〽日に當り 狐狼 変化せる
  生保内里に 今も巖見ゆ

〽將門の 縁りぞあらめ 姫塚の
  白蛇の化身 今も見ゆかし

〽いづくにか 道あるほどの 跡かくし
  山の彼方に 黄金ぞねぶり

〽みよし掘り 黄金に満る 陸奥の国
  世々に積なす 奥寶藏

十六、

はるかなる過ぎにし古代の出来事に、信に反き油断せし間に、古代に起りし災難を被むるありぬ。依て、過ぎにし事の知るべくは、末代の安住に通ぜる祖訓なりと覚つべし。奥州は古来、地震及び津波、噴火の禍に背を合せし国なり。語部に曰くは、火に遇しては、火性風行を知るべし。震起りては、地湧水、津波、崖崩に避けよとぞありぬ。吾が丑寅の日本国に多禍死せるは津波なり。十三津波にては、死者十萬と傳ふは信じべく警鐘なりと心得よ。心なしに山にての焚火より山火事と相成り、幾日もの山火に燃ゆありぬ。山火にては土をも燃ゆる處あり。燒にし山に鳥獸は去りて歸らず、雨多くして洪水起りぬ。古人は、春日の山に入るを禁じたるは、焚火たりと曰ふ。心得べくありぬ。

十七、

此の国は太古より日本国と国號す。

丑寅なる故に冬寒の至る国なれど、陸海の幸多く、住人の睦む国たり。大王あり国の四方に副王四人をして国領都々浦々に統卒す。

国神、荒覇吐神にして、その信仰ぞ一統せり。大王と民の隔りぞ無く、常にして親睦一義たり。一大事起りては、大王、自から民一人たりとも殉ぜしむなく、敵侵の弓箭に防ぎける。高座指揮のいとま造らず、自から戦陣に防人と倶に在り、撃ち退くの不断たり。依て、四王また然なり。

十八、

安倍日本將軍の遺兒高星丸、乳兒にして高畑越中忠継の老將に育まれたり。康平五年、厨川、源軍に落され、安倍貞任、長子千代童丸と自刃して果たり。その一月前にして、重臣高畑氏に乳兒高星丸を東日流大里に落しめ、家来千人の老若男女を添はしめて落着せしめたり。

高星丸、長じて治暦丁未年、東日流平川郷藤崎に白鳥舘をば築きけり。成人となりて十三湊を開き異土との交易し、渡島のエカシらと地産物を商益せり。寒地、貧農地なれば、山靼との交易ぞ大いに富ましめたり。

永保壬戌年、姓を安東と攺め、名を十郎賴貞と稱したり。此のとき以来、安東を宗家とし、安藤を庶家として、安倍一族の契を子孫に傳系す。

十九、

春雨のけぶる外浜の大浜に古跡あり。昔より土掘りて、瓶出づる處あり。亦、上磯なる神威丘に瓶の出づるあり。更に床舞石神も然なり。離れては糠部の是川、飽田、鹿角、黑又にぞ、その人の住む跡ぞあり。古人の曰ふポロチャシコタンとぞ稱さるゝ處なり。

即ち、太古にして人の集住せし處にして、オテナ及びエカシの神祀るカムイノミの焚きける大コタンなり。ポロチャシとは石神を祀るヌササンの高樓あり、天、地、水の三階に造り、毎年仲秋満月の前後に通して神を祭りきありぬ。これをイオマンテと曰ふなり。イシカカムイ、ホノリカムイ、ガコカムイ、此の三神をイナウ三本に造りてヌササンに捧ぐなり。その前にカムイノミ焚きて、炎ぞ天に屆けとぞ燃しめ、そのまわりに神への舞ぞ奉納さる。各々チセより持寄れる供物のなかに獸物または鳥を贄とせるありぬ。渡島にては熊、日の本にてはアラハバキ神の祭と曰ふなり。

神事にては、神司にゴミソ、オシラ、イタコの三職あり。神の靈媒師たり。これ今に遺れるも、古代のまゝなるは遺らず佛法及び倭神の行に轉ぜり。

廿、

外浜の荒覇吐神社古宮より中山に入りて、耶馬臺城跡と曰ふあり。峯に石垣を廻らしける古代遺跡なり。定かなる由来のなかりきに、人代々の口傳に證せる唯一の史跡なり。
語部録に記あり。

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是の如きは、まさに古代なる遺跡なり。

此の地は東日流中山の大倉嶽にして、またの名をシリベシポロチャシとも曰ふ。支那の魏史にありき倭人傳に在りきヒメカなる女人の鬼道女王とは異なるものかは、定かならざる處意なり。石を列するは古代人が宇宙なるイシカの神に願を祈るヌササン多く、是れヌササン跡なる處ぞ相違なし、はるけき古代なりせば、如何なるオテナ、否、エカシの居住せしチャシ跡か、今は知る由もなし。

古老に曰はしむれば、此の山に天界より天女降臨して、地に山海の幸を授けて昇天せる天臺にしてなる石垣を造りし跡なりとも曰ふ。亦、安日彦王が此の山に北極星を拝し奉りたる跡なりとも傳ふなり。更に別傳ありて、西王母の對神、東王父の天降れる聖地とも曰ふ。近くは安東一族の史傳に尻八城ありきも、此の耶馬臺城との関連ありや、とて調ぶるも書記ぞなし。

廿一、

東日流には太古なる石神遺跡多し。鼻和なる三輪邑なる石神ぞ當時なるを語るあり。

此の地ぞ、太古なる稲田ありぬ。然るに、稲架の大根子稲神宮とは異なりぬ。三輪邑の石神は由来ぞ古く、東日流語部録にも次の如く記ありぬ。

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是の如く記に遺りたり。
山海狩猟漁撈ありて、古代なる先代たりしも、大王位し日本国と国を肇むより、稲作をこゝろみたり。折しも、支那より晋の民流着し日本国の国創むるに布したるは稲作なり。
爾来、稲作代々し今に至れるなり。

廿二、是巻終章

抑々、此の巻は諸事に遺りけるを都度に書写または聞き書に綴りたるものなり。依て、年代不順にして番毎に續くなかりき。諸書雜多にして旅帳のまゝに記したるは、是書を讀むる人の判断にして納得を致すべきなり。年を經にしては、年代記字の落抜もありぬれば、心して讀みとるべし。

何れも右の如く理由にて記したるを容赦あるべく了巻の一逑に仕り、茲に一筆の辨解を記しぬ。

八月十六日   末吉

和田末吉 印

 

制作:F_kikaku