北鑑 第四十五巻

注言
 此の書は他見無用、門外不出と心得よ。常に心に油断あるべからず、能く保つべし。

寛政五年二月一日   秋田孝季

北斗史 一、

地球の地軸廻轉の宇宙に不動たる北極星を神と仰ぎける北斗の住人になる歴史、是在り。末代に不滅たる史実に證しぬ。此の国は萬世に亘りて抹消あるべからず。代々に歴史の実相欠くことなかりけり。

古史を語れる実録在り、世に是を語部録と曰ふなり。文字、漢書に非らず、山靼渡りの六種の異土古代文字より創りたるもの也。その綴りたる内容明細ぞ深層たり。

宇宙の肇めより生々萬物の誕生、人間の誕生に至る迄に、尚以て追究し成れる史證を記逑せるは本巻より抜き難し。抑々、歴史の程は遡る程に究むは難たり。西洋の紅毛人に説く史書ぞ能く成れり。

おぞましきは信仰にて、神代に創れるは迷信多くして、其の史実に異りて何事も比ぶるに譬喩多し。信じべくは実相描記なり。古代なる吾が国の住人の歴史は、語部録にて能く遺りけり。語部録に曰く。

夫れ宇宙の成れる肇りは、西洋学士に曰はしむれば、カオスの聖火、無宇宙の空間に起り大爆烈し、その燃塵より銀河は成れりと曰ふ。宇宙に成れる總ての物質ぞ、是の如き暗黑に漂ふ粉塵より集縮して星と誕生し、老いては爆烈して塵と相成り、それまた集縮して新星、幾多にも誕生をくりかえしぬ。

宇宙は無限に擴がりて億兆の數に銀河を成長せしむる現実は、世に天文を究むる博士らの通説たり。

地球に在りては日輪に軌道をせしが故に、水を保つ太陽系第三惑星とて、生命體萬物が誕生し、その風土に適性進化を自發し、襲異の候に遂げたるもの耳、遺りぬ。

萬物生命體より進化を先端に成長せしは、人類にして、その知識にぞ達せり。然るに、宇宙の成れるより刻歴に問へば、紙一枚の間にして、浅層の一隅たるを知るべし。日輪の光熱たるや久遠に非らず、やがては爆烈の死至りぬ。地球とて、その刻至りては運命を倶に消滅せる運命の協同體なるを覚るべし。

今に尚、宇宙の彼方に天喜年間の如き星の爆烈あるを覚るべし。されば地球萬物の先端にあるべく人祖の歴史を考ぜるに、地の適生に進化の種因を異ならしめ、白人、黄人、黑人、の類に生存し、知識もまた、その風土にて先進、後進、の成果ぞ今に遺りたり。

世に生物誕生以来、菌たる微細生物より水中に進化し、生を保つが故に他生を餌食とし、菌より苔、藻、草木、昆虫、魚、貝、飛鳥、獸物、人間、ら萬物の生々は、他生を餌として子孫を遺し、生々連鎖のなかに進化を自發し、成長今に尚、やむることなかりけり。

人の智惠もかくなればなり。石を器具とせしより、鉄を採鑛せしより、現代にその化学、科学、を得たるも、人間頭惱の秀なる進化たり。それを綴りたるは歴史の基本たり。

神代を以て歴史の肇とせる倭史の如きは、実相に當て、幻的も得ること難し。平安の代に紫式部の曰く。神代より世にある事を遺しおくなる日本紀なぞは、片そばぞかしと序言ありきは、倭史への評たり。依て、吾がみちのくの古事来歴に移りきに、遡りては倭史の及ばざる過却に、民族の壮大なる遺産の上に実在せり。

擴大なる山靼の地より、海に誕生せし丑寅日本国に創めて人祖の渡り来たるは、倭住の民よりはるかに人跡を遡りての世なり。人の渡りは丑寅に定住し、ゆるやかに西南に居住を擴めなしたる人の種原に歴史の根本ありと覚るべし。人の暮しに先進にあれ、後進にあれ、信仰ありぬ。

古くは天然を神とせる、あらはばき神と曰ふ、天地水を神と崇拝し、宇宙たゞ一星動かざる北極星を宇宙唯一の靈星とし、これをめぐる二重の七星を春夏秋冬に、その運行を卍卐の左右に顯したるを、神なる春分・秋分の日輪の黄道・赤道にぞ計りて測し暦を覚りぬ。みちのく繪暦とは、古代人が遺せし語部文字になる遺傳たるを覚つべし。

二、

吾が国、本州の北端にぞ位地せる宇曽利及び東日流の地は、太古より倭人の踏入られざる警護の聖域たりしも、渡島住民の往来は自在たり。倭人、如何なる故ぞや、北斗を怖れ、永くその對立に在りて断交し、化外地とて住むる民を蝦夷とて、非民族の輩に除き、諸々の歴史の事は、倭史の外に抹消し来りぬ。

凡そ、丑寅日本国の史は、地動大変にて、海底の隆起にて成れる国なり。山靼より鳥獸渡来せる後、山川緑に茂り、草木国土に満つて、人の渡来あり、山海の幸に安住せり。人住相満つ東日流の地は、阿曽部族とて民族の集落かしこに、人住の郷を開き、丑寅日本国の開闢は成れり。

阿曽部族は、阿曽部山に住みける故に後稱せし付名にして、何れも山靼渡来の民にて、族種雜多の民衆たり。陸海に群なせる幸を狩猟、漁撈、して豊かに居住の安樂に久しかるも、突如として阿曽部山の地ぞ、大地震起り大地を割爆せる大噴火起り、その火泥に多くの民、一挙にして災死せり。

此の火泥に成れる山を岩木山と曰ふなり。古老は、今にして阿曽部山と稱せるは、この故なりき。人住まだらにして幸、多ける此の国に次なる民の渡来あり。是を津保化族と稱しぬ。これら宇曽利の地に渡来しけるも、外浜の湾岸に住むも、その居住を廣め、外浜一帯に集落を創りて、これを都母族、亦は、津保化族とも稱したり。

先住の阿曽部族と混住せるも爭はず、山靼の神、アラハバキカムイの信仰を以て睦みたり。アラハバキカムイとは、天なるイシカカムイ、地なるホノリカムイ、水の一切なるガコカムイ、を以て崇拝せる信仰なり。

天なり神秘の大宇宙、生々萬物の群なす大地、諸々の生物發祥せし大海、を神とし、天然の天変地異、海荒に背合はす生々を神に祈れる信仰の創たり。

世界に民族の住むる處、何れも信仰をもたざる国ぞなかりき。人心は智に更くるとも、所詮は全能ならず、神をして叶はざるを祈るは人心の常なり。されば、神を想定せるも、余難至りては、神を冒瀆に創りきあり。世襲をして攺神あり、人心に依りて神は造られ、神を廢し、復た再興しけるあり。亦、新興信仰を起し、世襲の權に振興せるあり。

人心の知合信仰となりて、是れに從せざる信仰を邪教とて彈圧せり。然るに、古代なる信仰は、天の理、大地の理、水の理、を眞理とし、生命の実相を身心に以て求道の誠とし、信仰に上下を造らず、人をして上下を造らず、信仰に戒律なく、自在信仰を以て、天に仰ぎ、地に伏し、水に清む、身心の行こそ、神の救済ありと、民みなながら心一にして崇拝せるは、アラハバキカムイなる古代信仰なり。何處に在りとも不動たる北極星を仰ぎて拝すは、全能なる神の神通力に必ず達すと信じ、唯、稱名を唱へて拝す。

アラハバキ、イシカホノリガコカムイ、とぞくりかえして稱名し、所願を心中に念ずる信仰の易き行願こそ古代なる信仰たり。

人の交り、衣食住の住分、道の工事、橋を架け、船を造り、海を道とせる船舵の行向、航路その船方行をあやまらざるは、日輪、北極星を目計りて至るは、現なる人より尚優れたりと曰ふなり。古人を無智なる輩と想ふは、當らざる愚考なり。

山靼に人祖、世に創誕以来、人祖は住分けの天地を求めて移動しきは、世界に人種至らざる處なかりき人跡あり、太古なる遺跡、遺りぬ。信仰に神を祀るは、人との交り、婚縁の出合をも旨とせり。依て、山靼のナアダム、クリルタイに集ふ民族の旅は、萬里を通じて相集ふは、民族倶にその世情を知り、その生々移動に先んずる知識の由たり。

人ぞ權にありては、討物執りて戦を起し、他民安住の地を侵領して、人を奴隷とし、その財を略奪しけるは、山靼の西になる忌はしき歴史の過却たり。

古代アラハバキカムイの信仰に、天高き石神を御神體とて祀るヌササンは、六本の大柱を掘建し、その高樓にイシカカムイを祀る石神殿、雲を抜くが如くなる高き頂に、エカシが神事をなせり。

高楼の八方にカムイノミを焚き、樓中段、下段、座敷に石笛、土笛、木打鼓を鳴らし、三重に廻る老若男女の踊りぞ壮嚴たり。十字のカムイ土像を首掛けてチセの神とせる、各々祀日に造り、神像の魂入は春分、秋分に行ぜる神事に必至たり。夜を通して祭行せるアラハバキカムイの行事、今も遺りきは渡島耳なり。

三、

古代みちのくに言傳ふる文字ありて、七種の類、在りぬ。何れも山靼より傳はりたるものにて、七種になるは、傳へし民族を以て異なりぬ。太古にては、石を置き、その意趣を傳へきあり、草縄を結びて言を傳ふるあり、砂に印を線に書きてなせるもあり。

かゝるよりベンガラの石粉白く書遺る石筆にて記を可能とせるより、古代人は語印とてその意趣を定めたり。鳥形、虫形、獸形、人形、草木形、天然自然の天地水に見ゆ形を以て文字とせり。

然るに、山靼民、渡来してより、その類をして數ぞ七種と相成りて、是を覚ふる者は、語部となり、歴史の事に世の出来事を綴りたり。是を東日流語部と稱し、その綴りを語部録とて、永代に遺るは、丑寅日本の古代実史なり。世降りて倭人の知らざる處なりせば、漢書は燒却さるるも、語部録は安全たり。

木柾に割りたる木板に記せし、語部録より暦となりて遺る古代文字、今に通用せしは、丑寅日本国耳の通用をなせるものは、現に遺れり。

四、

今自り五千年前、丑寅日本国に国神を鎭座なさしめ給ふ、アラハバキ、イシカホノリガコカムイの三神なり。西にカムイ丘、東にツボケ山、日輪の昇浴せる方に石神の神殿を築きたり。石神とは国神荒覇吐神なり。

神の發祥の故地ぞ、西山靼のシュメイルなり。古代カルデア民なる国王グデアに依りて成れる神なり。天なるアラ、地なるハバキ、水なるルガルの三神なり。ギルガメシュ王にて、神の聖典成れりと傳ふなり。

古代カルデア民、此の神を奉じ、戦乱を脱し、アルタイ、モンゴル、を経て東日流に至るは、此の神の傳来なり。

此の神の由来一切は、フェニキア文字、エジプトヒエログリフェ文字、クレタ文字、ジェムデトナスル文字、バビロニア文字、アッシリア文字、にて、アラ、ハバキ法典、ハムラビ法典とて傳はりぬ。即ち、丑寅日本の古代語部文字の原字にて、是を語部にて記されきは語部録なり。

チグリス川、ユーフラテス川、にハンムラビ王の統一を脱したる原住民は、エジプト及びトルコ、ギリシア、スキタイ、モヘンジョダロ、モンゴルへとその民族は四散し、黑龍江を降り、流鬼国、渡島、を経て東日流に入りたるは、明らかなる史実なり。

アラハバキ神はその分布に依りて、古代オリエントの信仰哲理の起源と相成り、多神に変化せり。エジプトのスフェンクス、トルコのグリフィン、ギリシアのカオス、天竺のシブァ、モンゴルのブルハン、天山の西王母、興安嶺の饕餮、支那高麗の白山神、なり。

吾が丑寅日本国、耳こそ、そのまゝにしてアラハバキ神とぞ、古代シュメールのまゝに稱號せり。既にして農耕も傳り、丑寅日本国もまた耶靡堆より阿毎氏の安日彦王、長髄彦王を迎へて国肇り立君し、此の国を日本国とぞ国號し、山靼に宣したりと曰ふなり。

是の如くは、語部録に明細たり。

五、

荒覇吐神を日本国之国神とせしは、安日彦王なり。東日流にて宇曽利エカシ、上磯エカシらと謀りに謀り、イシカホノリガコカムイを此の神と併せ、荒覇吐神と決し、その信仰を一統せり。

坂東より奥州にては、古来より渡来民にて分住み、久理流族は渡島に津保化族は宇曽利に、阿蘇部族は東日流に、麁族は三陸に、熟族は坂東に、耶靡堆族は羽越に住居し、各々自領を縄張りたり。

安日彦王、無血にて唯、信仰一統を以て国を併せ、日本国を肇国し、各地のエカシに選抜さるゝ日本国主と相成りぬ。

先づ民族を異にして爭ふるを睦ましむを一義とて、民族縁婚を以て累血を併せ、旧境を解きて、その往来を自在とせり。依て、五王八郡主を領国に置きけるも、五年をして住替し、永代に累代の君系とせず、各地のエカシになる議決に推挙さるものをして、その民治政に當らしむ。是れぞ、山靼クリルタイに習ふる制たり。

古代オリエントに起れる戦乱絶ゆなきに、此の国に渡来せし民なれば、その知識に優れたる者多く、泰平を護らむは、日本国の国主たるの律義にて、代々に北斗は泰平たり。

泰平を旨とせる一義に部族間の流通を速やかに、道を通し、海を海道として能く山靼との往来を常に可能ならしめり。亦、東海に越ゆる大森林国より潮乗往来せしは、波涛千里の往来たり。依て、西海にその往来を回數多し。渡来人の歸化も自在たれば、丑寅日本国にては、その知識に先進せり。

部の民と曰ふありて、その職種を相續し、金銀銅鉄の採鑛、船造り、馬飼、防人、海士、山師、の特職ありたるも、年経る毎に職種の多くなりけるなり。即ち、羽州のマタギ、鷹匠、の如きもその例なり。部の民とて玉造り、鞍造り、もありぬ。

六、

抑々、丑寅日本国の史は、肇国よりの傳遺ぞ、自由眞実にしてあやまらず、語部録にて記したる古文の技、何事も疑あるべからざるものなり。

流鬼、千島、渡島、東日流、宇曽利、飽田、閉伊、最上、宮城、吹島、越、坂東、を国治し、民の心を荒覇吐神を以て一統し、泰平なる国治の營ぞ永代せり。

なかんずく、坂東に於ては安倍川より糸魚川に至る地境を倭との堺とし、秀嶺富士山を国の美とせるは、古代肇国の美風たり。東海、西海、北海、の幸を富とし、産金、貢馬、の産に力む丑寅日本国の誕生こそ古代なる歴史の創むるところなり。

此の国に住むる民族は、山靼諸国の民、及び支那より来る晋民にて王政の国治を營めり。君主抜選の事は、シュメール国なる古代オリエントの智識に習へて定め、耶靡堆より北落せし安日彦を立君せしめたり。

此の国を日本国と、山靼のクリルタイに宣して、その実を挙げ、その往来自在たり。
山靼とは、地の西果に、ギリシア、トルコ、エジプト、シナイ、シュメール、シキタイ、モンゴル、らの王国ありて、その攻防常なれば、民はこぞりて安住を此の国に求め来る歸化人民にて、人祖の肇国以来今に至る国造りたり。

丑寅日本国の国律は、民をして爭はず、信仰に睦み、人をして上下を造らず、挙て陸海の産に營むを旨とせり。国侵の敵あらば、民皆兵となりて国土を護るも、先づ人命を救済せるを先とせり。人の生命こそ大事たるは、荒覇吐神の趣旨にして、民の睦は異なる累血なく、民、皆和を以て神に救はるの心意、渉りきなり。

七、

流鬼国

流鬼国、またの名を樺太、サガリィとも曰ふ。
オテナ トドロショロ、
エカシ サクシャエン、

千島

千島、またの名を神玉の連島と曰ふ。
ハボマイ、コマロシリ、シコタン、シドロショロ、クナシリ、エトシカリ、エトロフ、アトロシカ、ウルップ、チムリカン、シンシル、ムツカムショロ、シャシコタン、カンタムシリ、オンネコタン、イトクヒロ、パラムシル、アシピリカ、シュムシュ、メトロコマ、シホツ、ウドシキリ、ルリ、タラムハミ、アキュリ、イシカシリ、ホノリケシ、トロムシカ、トコタン、イムリベツ、シリキム、ソシマショロ、ヤクナイ、カシムレト、ポロシリ、ムイタシリ、カムイオイ、オコロシカ、トケイ、オショロシリ。

神威国

神威国、亦は角陽国。
北エカシ エトカシリ、
西エカシ ウシカリム、

東千島

東千島、またの名をクリル島と稱す。
エカシ ウノシテ、
シラムチ、タンネカ、トコムリ、カリムシリ、エトカベ、エシリカ、フルシキ、トマコマエン、カケムリ、ウシサビリ、ヤクシケ、トイマエン、オキウデゲ、オトミシリ、チグシリ、イトカリ、タムシリ、サムソシリ、エトコタン、マミロイカ、サマサリ、ウシリカエン、アラシカ、タキシリカ、ケシトリ、オトマエン。

渡島国十二郡

渡島国十二郡。
オテナ ムクルカエン、
エカシ ホムシリカ、
シベツ エオモシリ、
ユウベツ カムイカエン、
サロベツ トロシシャム、
ピシャシリ カクシギカ、
タップ トロシキリ、
サツナイ エトラシム、
マクベツ クキシタエン、
エベツ ウシムリカ、
マツナイ エトロロ、
マツオマナイ フシナトリカ、

北方国領、安東太郎貞秀を以て定むる国島なりて、地民、長老、の同意を以て吾が丑寅日本国領と爲す。

八、

白山神、西王母、女媧、伏羲、シブァ神、ブルハン神、オリンポス十二神、及び神王ゼウス系諸神、アダム神、イバ神、エジプト諸神、ホルス、アヌピス、イスス、アメン、ラァ、是ら古代シュメール民の信仰になるアラハバキ神の法典より世に流布されたる神なり。吾が丑寅日本国のみアラハバキ神の原語にて今に傳ふなり。

アラハバキ神とは、陰陽神にて萬物雌雄神にして、その神秘を宇宙に安じ、大地に安じ、水の一切に安じるの哲理なり。不動なる宇宙の北極星を神なる常靈の星と崇拝せり。

父なる神は荒獅子の如くたくましく、母なる神は大地の如く、大海の如く、萬物を産み、天地水の理りを法典に説きけるは、古代シュメール国なるグデア及びギルガメシュ王の叙事詩なり。

古代シュメール国にては、内乱活挙し、五千年に移り変り、住民多く故地を脱して、新天地に四散せり。依て、その落着に各々アラハバキ信仰地の古信仰に併せて定着せる信仰と相成りぬ。

本来なるアラハバキ神の哲理に曰ふせば、宇宙の創りを次の如く説けり。

世に宇宙たるを創き神ありぬ。カオスと曰ふ神にて、相なき神なり。宇宙なきは、時なく、物質無く、たゞ暗き冷々たるさまにて、無辺の暗黑耳たり。此の暗黑よりカオスの神あらはれて、一点の光熱を以て暗を無辺に燒き擴ぐ大爆烈を起したり。暗を燒きたるあとに遺りきは、その粉塵の如き漂ふ物質遺り、かしこにぞ集縮せり。

燃え輝く星、ただ暗黑に漂ふ黑雲物質ら、銀河となりて、宇宙の相を顯はしぬ。やがて星々の誕生たり。塵、集縮して星となれるは恒星、惑星、衛星、微星、彗星、準星、らに類して幾兆億なる數にて、一銀河を構成せり。かゝる銀河の數とて、宇宙に幾億と天體せりと曰ふなり。

宇宙の肇めぞ、計り知れざる光と熱に創りたりとは、アラハバキ神の威力たり。宇宙を造るはアラにして、大地の陸海に萬物の生命を造り、産みなせる神はハバキなり。依て、二尊を併せて、アラハバキ神と稱しぬ。亦、天地水の一切を意趣す。

九、

凡そ古代奥州の事は、歴史の層深くして、尋ぬるに倭史を以て究め難し。人の先住、丑寅にして肇国の創むる處なりせば、その人跡ぞかしこに、あらばき神なる靈地ありて、その證、明白なり。

古代人は愚鈍に非らず、權を以て睦みを欠く事なかりき。爭事ぞ露もなく、その生々ぞ相互なる援け合に、一汁一菜とて相合つ人情に満たる安住生々たり。人の住む處にエカシあり。常にして幸の配換を怠らず、道を結びたり。古話に曰く。

古き代の人の暮しを尋ぬれば、衆をして爭はず、エカシのもとに相集いて、事の由を相謀りたり。海に漁撈、山に狩猟、の事は衆をしてならしめ、川に橋を架くるも然りなり。住家造りも相寄り合ふて建て、老いし者を救済し、病にある者を見捨てるなし。

エカシを定むるは衆の選抜推挙にて決し、郡主、国主、もエカシの集いに議して選位す。郡主、国主、たりとて、その行ふる事、衆に爲ならざれば、その任を解かるなり。

若し衆を扇動して、人の安住を犯す者は、掟に依りて罰せり。その刑にては、死を渡すなく、北辰地に流刑するは重罪にて、輕きは興勞を科したり。

あらばきの祭事にては、民族總挙して行事を挙行せり。若しありて、民の安住を犯す侵敵あらば、民、皆兵に挙して討つべくも、死を以て闘ふなく、利ありて攻め、利非らずして退くの、人命大事を先とせり。

戦起りては、先づ女、老人、童、を安住の地に移すを先とし、戦に臨めり。古より、敵ぞ北より来るなし。常にして西に起り、奥州に民の財を掠むは常なりき。

倭国にては、是を征夷と曰ふも、彼の国を侵す事なきに何事ありての征夷ぞや。また蝦夷とは何事ぞ、人祖にして異りなく、累血は同赤なり。

丑寅日本国は睦の国なれば、かゝる侵略に皆兵して、東日流は護られたるも、坂東は常に戦遇の地たり。奥州の古史は支那に傳ふる盤古氏よりも古きにありぬ。

民祖をして山靼より渡来せるものなれば、古代オリエントの古史を傳ふる語部録を以て知るべきなり。右、以て奥州の史抄なり。

十、

西山靼の史になるは、アブラハムの神傳に曰く。人の祖をアダムとイバにして、三人の子を爲し、カイン、アベル、セツ、の代と相成り、セツよりエース、カイナン、マハラレル、ヤレド、エーグ、メドセラ、メレウ、ノア、に續きて、ハム、セム、ヤベデ、にてなれる古史あるも、是ぞその傳にいでくるは、古代シュメールのカルデア民に成れる神話になるものなり。

ノアの箱船なる旧約聖書の傳は既存なる、シュメールのギルガメシュなる叙事詩に遺れる神話たり。倭史の神話たる天孫築紫の高千穗降臨なるは、支那に大白山傳ありて、高麗の白頭山天池に降臨せる神、更には金剛山になる神話、大白山連峯に天降れる八天女傳、是れに、支那の古話西王母傳を併せしより造話せる神代神話なり。神話とは、史に非らず、信仰に基く譬喩なり。依て、荒唐信ずるにぞ足らん。

信仰にては、人心善導に用ゆ説得よけれども、歴史の行とはならざるものなり。世界をして神話多く、その由を歴史にぞ加ふるもありけるは、倭史にも似たる例ありきも、宗教史耳なり。

丑寅日本史は、神傳と人の歴史を混合せるなし。能く想ふべし。語部録に何事の疑なく史実にあるを覚るべきなり。

十一、

人の安住せるを、意のまゝに侵するは、戦を以てせる他に術ありぬ。地住の民、祖来より信仰せし神を邪道、邪神、とて己が信仰に誘ふは、是れぞ眞の邪道なり。少數なる民族とて、祖来になる一族の信仰ありけるなり。

それなる信仰を邪道、外道とて廢しむる者を聖者とし、救世主とて、今に奉らるは、佛教及び異教のすべてなり。民の心を侵略せる無血の国盗にて、これぞ眞の外道侵魔なりき。民の安住あり傳統ありきを、己が制のまゝに洗腦せる者こそ、赦せざる祖来崩壊の魔手邪法なり。

民、祖来獨特なる信仰こそ神聖にして犯すべからざるの至誠なり。依て、吾が丑寅の地にアラハバキ神、渡り来たるゝも祖来なるイシカホノリガコカムイなる信仰ぞ、不捨たるなり。

世界に見つれば、ムハメット教、キリスト教、佛教、ぞ後進なる国に入りて、民心を誘ふるその教に、祖来信仰を捨つる導きぞ、眞魔たり。

十二、

古代、東日流阿蘇辺族に祖来の信仰ありぬ。三種にして、ゴミソ、オシラ、イタコ、なり。第一なるゴミソとは、神を招神して事を占ふる祈祷師を曰ふなり。第二なるオシラとは、産の神事にして、雌雄を娶せる相性を占ふる祈祷師なり。第三なるイタコとは、人の死に却りし靈魂を招きて、靈媒せる靈媒師なり。是の三種なる神司の起れるは古く、何れも山靼渡来の三法なり。何れも地に依りて、いさゝかの異りありけるも、その本筋に別法はなかりきと曰ふなり。

丑寅日本国なる古住の民なれば、信仰ありとも神なるは像とてあらず。石神とて川及び海辺の石を頂寶とて神なる對拝とせり。

古来より現代に至りても、石神とて尚、チセの神棚に供ふるは、古来のまゝなる傳統たり。ゴミソ、オシラ、イタコ、なる古代のまゝなるは、現世に遺らざるも、その名、耳ぞ今に遺りぬ。

ゴミソなる法とは、即製なる紅化神をヌササンに祀りて對拝す。オシラも然りなり。デゴとメゴの雌雄の人型を造り、魔障、病障、災障、を祓ふ拝者の身替りなり。祈祷後に流れ速き川に流すを以て除祓の祈祷とせり。

オロロシンバラシンバラ、イシカカムイ、ホーイシヤホイ、イシヤホイイシヤホー、オロロホノリカムイ、ガコカムイ、ドダレブカブリドダレ、と唱ふをくりかえして祈祷せり。イタコとは盲目の女人にして、媒言せる靈招の法なり。代々に死せる諸人の靈媒を告げる法なり。オロロシンバラ、ダミカムイ、ヤントラオトドロムシケルシンバラ、イシカカムイ、ホーイシヤホー、ホーホホホオー、ダミ、ホノリカムイ、ホーホホホオー、ガコカムイ、ダミヤントラシンバラ、是の如く唱へて靈媒せるなり。

是の三法をして、今に遺れるは、オシラのコケシ、イタコの祭文なるダミとは葬にして、ヤントラとは墓を意趣せる言葉の遺りきを覚つべし。是れ、語部録に遺れる実傳なり。今にして、古代なるはなく、佛法及び倭神に祭文す。

十三、

丑寅日本国は、クリル族、阿蘇辺族、津保化族、麁族、熟族、を以て先住五族と曰ふなり。その住つる域に當つれば、渡島、東日流、宇曽利、飽田、庄内、閉伊、吹島、伊津、坂東、越、に分布せり。

此の五族のオテナを五王とせし古き代の事を一統せしは、耶靡堆より落着せし安日彦王、長髄彦王をして成れり。

丑寅日本国、百八十人のエカシ集いて、安日彦王を王と選抜せしは、晋の流民、群公氏一族の立合を以て立君し、坂東より丑寅を日本国とぞ、国を肇むる王国とぞ相成りぬ。

先住の五王をその位にぞ置きて、国、能く治りぬ。常にして山靼と交り、国益を隆興し、永き泰平の妨ぐるなし。

十四、

みちのくに稲作の起りし以前に、稗の耕作ありきは、六千年にぞ遡れりと曰ふ。語部録に曰く。閉伊の国とは稗の耕作せる意趣なり。山靼より栗、稗の種渡りしは、帰化人の農耕にて成れり。

食せる樹木の実、成る栗木を植ふはありきも、まれにて、山に採るを不断とせり。

稲の殖ふる拓田のなせるは、支那、晋の群公子一族の漂着にて擴作の拓田を東日流大里になれり。種を蒔きける稲田かしこに創りきも、水の暖をして稔り多ければ、米代、雄物、最上、日高川、への川添にその作田、移りゆきぬ。

西の稲作、東の稗作とて、今も作耕あるは、古代なるより風土適性たる故因なり。東の稗作たるは、やませの故にて稲作の稔りになるは、西に流る川、平野に成れり。

古より稲作ありき處、米代、米澤、の米名付きて今に遺れるなり。東日流にては、稲架あり璤瑠澗ありぬ。依て、稲作渡りて既に二千年を越ゆる過却あり、倭になる稲作におくるゝなし。古来より川辺、海辺に居城を築きけるは、安日彦以来、農を海産を旨とせる国治の故なりと曰ふ。

十五、陸歌古集三十三選 第一巻

全歌詠人不知

〽名残りしは しばふる人の 老隱くる
  心知らでは よろぼさぞらひ

〽下り月 心の奥の うつゝには
  思ひうちより 若な恋しき

〽春近し さやか日永を 覚つ頃
  燭を背むけて しとみあけなむ

〽稲打の もみとぶ毎に 冬更けて
  外は根雪ぞ 積りけるかな

〽ゆゝしくも 散らめさきにと 時を得て
  くれなゐ櫻 目かれ覚えず

〽道奥の はてはありける 国末は
  陸のとだえる 東日流海峽

〽夜もすがら やはかいとしほ しゝむらに
  松の古枝を 折りつ嵐は

〽ひをりの日 隙行く駒の 天ぎるを
  力も入れず 春に心を

〽道直む 草木国土を なかなかに
  遲なはりやに 有明の月

〽霜満てり 傾く嶺の あさぼらけ
  紫染むる 故里は霞みて

〽人の爲す 憂つ世の中 あだ人の
  丑刻参る 木槌打つ音

〽たよたよと さだかにきたる 死に神を
  われは追つる 力も非らず

〽乳の人 母と想ひて かきくらし
  まことの母を 雲居に見つて

〽面忘れ 心あらんも あしからじ
  隱れて住める ものの辛さは

〽惜めども かなはぬ命 よしなくぞ
  親の危篤に たゞ涙かな

〽心だに 世を秋風の わけ迷ふ
  げにや祈りつ あらはばき神

〽逝く秋の しばし枕に 空蟬を
  ありしにかへる あからさまなり

〽憂きを身に 遮那の梢に 仰ぎつゝ
  石塔山の 戒乗之学

〽をちこちの 土に暮して 老いらくを
  それわが里は 昔ながらに

〽思はじと 涙いとなき 別れ道
  生きてある身は 星も相逢ふ

〽奥の里 山ほととぎす 谷こだま
  わかぬけしきに 登る姫神

〽無常なり かゝる浮世の ことはりを
  千代に八千代に 何を欲して

〽寅の刻 風もうつろふ 水行の
  早くも知るや うろづくの群れ

〽やませ吹く 秋の深まし 陸奥の海
  寄せくる波涛 鮭もこぞりて

〽わだつみの 辰宮ありと 童らに
  語る翁や 身振り手振りに

〽老の身は いづくはあれど よるべにも
  月なにすまで 風もくれ逝く

〽泉だく さすや桂の 根こもりに
  清水は湧くを しばし留めず

〽尋ねゆく 我がまだ知らぬ そことしの
  常世の国に 魂のありかを

〽生れより 見馴れし郷の 山川も
  あはれ昔の 恋しくあらめ

〽名を隱し 人目をつゝむ くれ心
  落ゆく身には うつる夢こそ

〽いふならく 日之本国は 肇国の
  国建つ君は 安日彦の王

〽打つ引くの たづき敵寄す 道奥の
  衣の舘は 開くなかりき

〽月に散る 山吹華の 敷ものに
  さゝを宴む 春の逝へに

十六、

古代丑寅日本国の地は、海底にありけると曰ふ。此の国は地底移動にて海上に隆起せし国土なれば、山岳より鯨骨、貝殻、の掘りいださるるありぬ。また異體知れざる巨骨及び象牙、大角鹿の骨を崖の崩れに顯れるあり。

語部録、記逑の実證を爲せる處、かしこにぞ存在す。三陸にて、吹島にて見らる鍾乳洞、その岩質なるは、古生物の遺骸にて成れるものと曰ふなり。大地は不動たりと想ひども、永き刻を移りて動きけるものと曰ふなり。

宇宙にても然りにして、変らずと見ゆ星間とて、常に隔つと曰ふ。大地の底は火泥なり。即ち、大地の心臓にして常に血脈の鼓動を常とせる故に地震起り、火泥の噴火起りて、地殻を固むるなり。

大地は萬物の母體にして、日輪は大地の母體なり。是ぞ、地学の哲理にして、天文にも通ぜしむ理りなり、と曰ふ。ゆるぎなき大日輪の光熱と大地の地水に化を生じ、生々萬物の種なる微細菌、生じ、その化生進化に依りて成れる地殻の生命、海に陸に満るは天地水の化因なり。

是の化因こそ天然の法則にて成れるものなり。かゝる解釋、萬に一のあやまりなき実論にして惑ふべからず。即ち、信仰と別なる常識なり。抑々、宇宙の開闢は、暗黑無質の闇を燒きて星雲を誕生せしめ、星雲の集縮にて星の誕生成り、その生滅に依りて宇宙天體の構成、成れる銀河幾億の數になる無辺の宇宙に成長せしは、もとより成るべくして成りたる自然の法則なり。

その大宇宙なる一銀河の端に日輪の誕生あり。餘塵にて成れるは、太陽系天體なり。地球星は、その第三惑星なり。日輪との距離ぞ適當し、水の保つ生命誕生の星となれるは、宇宙にても希なる惑星たるを知るべし。

萬物生命體の誕生は、地球環境適地風土に、各々進化を経て成長し、おくれたるは滅せり。岩質に遺れる前生物、現世に生なきはその證なり。

人類もとなるは、ネズミの如き小動物に誕生し、猿類に成長し、やがて人類となりきは、地球萬物のなかに、その進化の先端にありて現代に至りぬ。

吾が丑寅日本国は、人祖を山靼大陸に成長せし人祖に累代し、此の国、海底より陸とし成れる新天地に渡り来たるものなり。その歴跡は、古きこと十五萬年乃至三十萬年前なる由と、紅毛人博士の曰ふところなり。

地球人類に三種あり、白人、黄人、黑人、なり。然るに、類して智の異るなき能力にては平等なり。

十七、

吾が丑寅日本国に創まれる信仰にては、人の睦みより生じたる信仰なり。人の生死、その生々に老若男女、相集い、心に憂ひまた悦びも悲しみも、相分け合ふるの集いぞ、神をして祀りき祈りなり。

天なるイシカ、地なるホノリ、水なるガコ、を神とし、天に仰ぎ、地に伏し、水に清むる人生こそ、神をして祈るみそぎなり。

人の暮しに神をして人の惱みを解くは、ゴミソ、オシラ、イタコのもとに集ふあり。人の生々に於て罪障、魔障、靈障、恨障、悪靈、死靈らの祟りにあるとて是を退散せしむゴミソ、病難、不運、子授けなどを祈るオシラ、死後になる死靈と靈媒せるイタコなり。迷信たりと曰ふ者ありきも、その命運に遭遇せしとき、誰とてイタコ及びオシラまたはゴミソに祓ふ祈りに参らざるものなし。人の判断に及ばざるは命運なり。

信仰無信者とても、人の心は移り易く、亦、弱きものなり。祈りに心を委ねたる者の幸福にたどるあり。信仰に厚きは、丑寅日本国の民なり。人との睦みを欠くなく、その要は信仰の集ひたり。

十八、陸歌古集百選 第二巻

全歌詠人不知

〽水の月 雫にゆれる 手洗に
  こともおろそか 忍ぶもぢずり

〽影廻る 聲のあやなす 子守かご
  妹背の睦み いとうらやみて

〽雀追ふ 色音に移る 鳴子引く
  なづとも盡きぬ 野良はのどけき

〽秋月に 渡るかりがね 啼く聲は
  陸奥の山里 冬告げにける

〽花の跡 人の歎きを あへなくも
  跡のしるしに 苔むせむ墓

〽日に向ふ 八重の潮路の すなどりは
  陸奥のうろくづ 大漁歸える

〽浜に焚く 浪寄せ木を 見じるしに
  海人歸る 十三の砂山

〽うらぶれて 苔の衣に 身を包み
  方丈くらす 武家のなれ果て

〽いたはりの 心もとなや 降る雪の
  思ふにつれて 冬は逝きなむ

〽山路なし 国越え行くも 惑ひなく
  山の彼方に 吾が郷あらば

〽いぶせくも 埴生の小屋に 草壁を
  手入りて住める 戦跡に

〽さながらに 心も共に 波返し
  外の浜なる 古跡かひなく

〽旅かえし 出で入る日數 永くして
  秋や通ふらし 心なけれど

〽ふりにける さかしに架かる 釣橋を
  藤葛替る 杣の猿わざ

〽つゝましや あるべき住まひ 入らずして
  陸の爭ひ 叫喚に消ゆ

〽あはれとも 思はざりけり 大修羅場
  やたけの人は 條無き者ぞ

〽住みはてぬ まぼろし追ふて 夢むとも
  とてもの憂き身 うつゝ無きかな

〽かりそめに 身はあだ浪の よるべ水
  浮寝にくらす ありがひの露

〽神代あり 大和の人の 言ふならく
  高天原は 神住みの空

〽神代より 古へ今まで 人代に
  月も宿かる むら雲の常

〽名のみして 遺れる王居 三内の
  外の浜梨 今も香らむ

〽こりずまの 寂しき故に わくらはや
  憂きに心は なほ行き暮て

〽わが道は しかるべくとは 思はねど
  花に辛きを 春に聞けばや

〽夢心 覚むる心に 當ならず
  望みに叶ふ 事ぞまぼろし

〽いづくにか 昔の海道 末もなく
  彼岸に到る 事もをろそか

〽けしたるを 顯はし衣 他力船
  西吹く風に 舵はなかりき

〽露に添ふ 假寝の夢に いづちなく
  我だに憂し 覚めて心は

〽かしましく 海猫さわぐ 糠部浦
  馬の渡りに 立居苦しき

〽おほどかに 明け立つ空の 風切りて
  鷹の巢立つに 朝日輝がやく

〽麻衣 夏に濡れ干す 汗かきの
  着のみまゝなる 旅の道ゆき

〽しばらくは 足も洗ひず 桶清水
  澄にし水を たゞ見つるかな

〽やごとなき 老をな隔てそ うちつけに
  戦の始末 いとま非らずや

〽わなゝくは やたけの心 出陣に
  敵にまみゆる 掌汗出つらむ

十九、

丑寅の国に太古を諸々に巡りて、諸翁に往古を尋ぬれば、安日彦王をマタギの神とぞ曰ふなり。奥州の深山は熊の出没多くして、住民を襲ふあり。山靼に狩人ありて、シキタイ犬を以て熊狩をせるを習ふ。秋田湊の海士モゴル、弓を鹿角にて造り、箭を造りて熊に挑せり。里、降る熊を退治し、尚、近山にひそめる熊をも射止めたり。

然るに、山に稼ぐる杣らは熊を山神の使とて、熊を親父とて崇む風ありて、是に抗議せり。何れも理屈ありて、その仲裁ならず。

時に檜山城の舘主、尋季、是を裁決せり。
昔より安日彦王の曰く處に依りては、人を襲う熊は熊ならずと曰ふ。依て、然るべく熊を射止ては、安日彦王に祈りを捧ぐべしと申渡して決せり。

以来、マタギの神は安日彦王となれり。

秋田犬はシキタイ犬なり、亦、今、鹿角と曰ふ地名にあるは鹿角弓を造りたる由因なりと曰ふ。安日彦王を祀るはタダラ神にも祀りける由あり。古くは、八幡平の安日山に神社ありぬ。

廿、

歴史の事は諸書を通じて、倭朝に片寄りて遺る多し。行を長たらしむに、奇辨讃美に綴り、尊言必用を越ゆ祭文の如し。

丑寅日本史は、世にある事の他、餘を入れざるなり。民の事、その出来事を記筆もらさざるを旨とす。倭書にして、北なる千島、樺太、渡島、の故事を求め難し、山靼にては記行もなかりけり。民の祖来を知らず、国主を高天原降臨とて、荒唐信じ難き神代に史頭を記行に盡し、神に結ぶる天皇を造り、地方の傳に結びて事々に綴りきは、史に非らず、おとぎの物語りなり。

古代に求むるの史は、古代に證ありて成れるを證とせるは、実史なり。史の実なるを求むるは、異土にも渡りてその実を證とせしは、丑寅日本史なり。

吾が丑寅の史は、山靼に求めずして史の実證を得られざるなり。擴大なる亜細亜、その波紫までも民族故事を尋ぬるは史書の誠なり。まして、人祖の故なる国は何處ぞ、その渡来經路、古事なる民族何處に属せしや、その崇教は如何に、調々、筆に盡して成せるは、史書の基なりと曰ふ。

千島とて、その一島さえにも、永代なる歴史あり。何處も人住む處、然りなり。北斗の地は民族をして故事に深く、その遡る歴史ぞ深し。地上に消えたる故跡ぞ、かしこに草むせむは、丑寅日本の古事なる語部録にありても、地稱知る由もなかりきを、民村長老に尋ねて、しるべありぬ。

廿一、

諸国に渉るゝ安倍、安東、秋田氏、にまつはる史傳多きも、その実を公にして攝取なかりきは、朝幕の謀策なり。古事にして、倭を日本国と丑寅の国號を奪稱して、吾が丑寅日本国なる民を化外の蝦夷とて、反民とて、征夷の史に綴りたるは、北侵を挙兵せる徴兵策たり。蝦夷は蝦夷を以て討つの朝議のもと、事の無きを事ありつるが如く、記筆に衆を惑はしむるは、倭史の常習たり。

なかんずく、丑寅日本民族を人と想はざる記筆の僞は、吾等、丑寅日本民族の忿怒やるかたもなき僞傳なり。

まして、太古の事は、倭語部の口逑なるを祐筆せる僞傳にして、荒唐信無きにありけるものなり。丑寅に在りき古代王統の史を抹消せでは、倭史の條史に残せざる故なり。

多くは漢書にたより、それに加筆を以て坂東より東北に史傳を擴げむ策爲ぞ一目にして明白なり。此の国を古事に加ふるは、倭史の修成に障り、遡りての史は古なる程に、丑寅日本国は先進たる故なり。

山靼渡来の民祖、吾が自国にして、人祖非らざる海底隆起の国たる列島国にして、南北の差程ぞ隔つ過却の国土をして、民の交り遅く、通ふる道も非らざれば、空しく代々を過すは古期なるも、民、各々その暮しに安住を保つが故に信仰あり、神を仰ぎて成るはイシカホノリガコカムイの創めなりと曰ふなり。

阿蘇部族、津保化族、クリル族、麁族、熟族、各々その意趣に通じたるは、久しく後なれど、その間にては爭ひぞなく、睦を以て交り、代々泰平を保つ、遂にして民族併合せる荒覇吐王国の国を肇むるは、誠に例なき美なる古代の民交たり。

丑寅日本史こそ、民こぞりて成せる国造り、人造りたり。此の国は蝦夷とされ、化外の反民とされにしも、耐えて忍び、陽光の至るゝを祈り、丑寅日本史の輝ける日を神かけて祈念せん。

げにや、世の相ぞ移り、非理法權天のきわみぞ至らんは、有爲変轉のありなん當来に至るは必如なり。
 極むるは、実相の證ある丑寅日本史ぞ、世襲に抜く時ぞ叶ふなり。

大正七年八月一日  和田末吉、和田長作

後逑

本巻は四十五巻にして、是れを了筆せむも、末吉、いよいよ老令増して眼の不自由たり。残るゝは數巻なれど、息子長作に委ね、我は古書讀む耳の勞なり。是の巻をして以後は長作にして完結せん。

大正七年九月一日  和田長三郎末吉

和田末吉 印

 

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