北鑑 第四十九巻

注言之事
此の書は他見を無用とし、門外不出と心得よ。末永く耐えて世浴に當よ。

寛政五年   秋田孝季

本書、書写の儀は原書、秋田土崎にて燒失せる控書にて、原書に入れざる雜記ことごとく記逑せり。依て、原書より諸史、諸雜話、諸傳の玉石混交せし綴りと相成るも、尋史、幾十年の旅に巡脚せし諸国の縁り、皆、記入せしものなり。

失なはれ逝く古事来歴の史を、丑寅日本国にとゞまらず、田沼殿の特許にて山靼、古代オリエントの諸国にまかり、歴史の根元を探り得たり。我等が永きに渡り、まつろわざる化外地の蝦夷とて、祖来の開化を圧せられし現代に先ぞなかりければ、必ずや丑寅日本の寶書となるらん。

此の国は古代にして大王の治むる国の肇ぞ倭の先なる日本国と国號し、民族一統信仰をせし荒覇吐神の奉ぜし国たるを知るべきなり。神を代とせる彼の倭国とは異なる国なりき。丑寅の大王は北なる魁星にして、宇宙に不動なる星にして、動光不変にして陰界を照らし、大日輪、東洋より陽光、諸国にさきがけて旭日す。日辺の国、日本国とはかくして名付くる国なり。

国中に日高見川、日高見国、日東、東日流、日高、の地名に日字を用ふる多きもこの故なると曰ふ。人住む歴史に遡りての代は、十五萬年乃至三十萬年の太古なり。能く心に覚つべし。此の国は大王の代々に泰平にぞありけるを侵に略し、蝦夷たるの未知国とせるを能くぞ覚つべし。

秋田孝季

一、

吾が国の地に遺れる古代人の生死に遺る遺跡をたどりて、土を掘りけるに、はるかに遠き代の人々に用いられき瓶の破片、またはアラハバキ神の神に造れる土片、石斧、石矢鏃、ら出づるあり。東日流、上磯、下磯、外浜、宇曽利、糠部、飽田、閉伊、の各所に出土のありきに、今にて神社に奉納し、神とし祀りぬ。されば、かゝる土より出づる古代なる品々の代たるや、世に遺る唯一の史書にて解く外あらざるなり。

抑々、世に未だ宇宙のなける冷く暗のみにて、物の質ぞ無く、時とてなかりけるに、暗の重きにてなれる一点にカオスの大光熱起り、大暗黑を燒き擴げたり。是をカオスの大聖火と曰ふ。これなる燒熱に残りたるは灰塵にして、かしこに集縮す。これぞ宇宙の誕生たり。宇宙塵にてなれるは阿僧祇の數なる星の誕生なり。星の成れるは、宇宙に漂ひる塵の大集縮せる中心に燃ゆる恒星に始りて、そのまわりに恒星に餘りたる宇宙の塊塵の集縮せしを惑星と曰ふなり。また惑星に成れざる更に小さきは衛星と曰ふなり。即ち、恒星とは日輪、惑星とは恒星を軌道圓週せる地球星の事なり。衛星とは惑星より更に小なる星を曰ふなり。即ち、地球を圓週せる月を曰ふなり。阿僧祇の星が世に數をなせしは、星の生死ある故なり。星の死は砕け散り、宇宙塵となりて、暗黑星雲と相成りて、その中より數多く蘇生す。依て、宇宙は代々に擴がりて果もなく、未知構造に留む事ぞなかりき。是をアラまたはウラノスとも曰ふ。これぞ、古来シュメールにてはアラと曰ひ、ギリシアにてはウラノスと曰ふ天の神、即ち宇宙神なり。

されば宇宙創造の神にては、シュメールにてはルガルと稱し、ギリシアにてはカオス、即ち混沌の神と曰ふなり。またシュメールにて大地の神をハバキと曰ひ、ギリシアにてはガイアと曰ふ。また水の一切をもシュメールにてはハバキ神と同意なるも、ギリシアにてはポントスと曰ふなり。

凡そ宇宙創造を神なる創造と思ふるは世界に相通ぜる處なり。吾が丑寅日本国にては、紅毛人の傳ふる天なる宇宙一切の神をアラハバキ神の渡来せる以前にてはイシカと稱し、地の神をホノリと稱し、水の神をガコとせり。山靼よりアラハバキ神なる信仰渡来してより、天地水一切の神をアラハバキ神と稱したり。

二、

丑寅日本国にて太古より、天なるイシカ、地なるホノリ、水なるガコの三神を以て信仰しきたるは、信仰の創めなり。天なるイシカのカムイ、即ち神が宇宙を阿僧祇に造り、日輪を創り、その週に土星、金星、地星、火星、木星、水星、海王星、天王星、冥王星らを創造せしに、地星のみぞ日輪の拒隔ぞ適當せるに依りて、水の海なせる陸地ある星と創造されたり。地界が誕生せしは、火泥球の如く誕生せるに、衛星たる月界を從へて宇宙に固定せり。年を經し地界、海に苔の如きより生命生物誕生せるより、せきをきるが如く生命は種を殖し、生命體を耐生進化せしめ、萬物、海生してより陸へと藻草より草木と進化せしめ、日輪に照らさる海より湯気となり空に雲となり、風を生み雨となりて陸地にぞ降りそゝげり。雨と風に草木は各々進化し、陸上一面にぞ緑を擴げ、更に海より陸生進化しける鳥、虫、獸の生物ぞ住めり。

されば、その獸類より猿の如き類より人間の世に誕生せるに至る。生物各々耐世に進化ありせば、人類また進化す。地界の候は萬年同じからず、異候の天変地異に萬物成長に篩をかけなして、消滅を進化にぞなし、その地候、風土を異変せしむ。かゝる異候の進化にぞおくれし生命は滅亡し、耐生あるものぞ、生命體を世に遺しむなりと曰ふ。

三、

人の祖たるは、萬物生類のなかに猿類より分岐せると曰ふは、グデア叙事にぞ遺れり。人は有尾より無尾となり、肌、脱毛し衣を着し、住居に入り、火をも食生の常用とせるに至れる頭脳進化ぞ萬物の先端に在りき。人類發祥の地になるは三處三類あり、その風土に依りて、黑人、白人、黄人、の種系に分岐せりと曰ふなり。吾等丑寅の日本民は黄色民にして、山靼、満達、韓、支那、の民は吾等と同種なりと覚つべし。

萬物のなかに智能進化に達成を成せる人類の進化過程は少かに百萬年前に創りて現代に至れりと、世界博士の一致せる学問に通ぜり。吾が国に於ける人住の創りは十五萬年乃至三十萬年の先代たりと曰ふなり。人の分布にありけるは天変地異の故地に起りせば、安住の新天地を求めて移り住み、なかにも黄色人の世界分布は、現代に以て、その數、三種の一位に先端して、至らぬ国はなかりきほどに、世界諸国に渉り満るなり。西に白人、紅毛青眼の民族、黑色の民族、住める国ぞありと曰ふ。アラハバキ神の發祥地、古代シュメールの国は、これら異人種の中央にありき国なり。ギルガメシュ大王の叙事詩、アラハバキの神を感得せしはカルデア民にて、その大王グデアなりと曰ふ、能く覚つ置くべし。

四、

はるかなる古代シュメールの国よりアラハバキ神の渡来せる道しるべをたどりては、彼の国に起りき戦乱相次ぐに、民は故地を放棄し、東北に神の常在せる安住のいやさかる国在りとの巫女の告げに、こぞりてシュメールの民は移動して戦を脱しぬ。

トルコ、シキタイを越え、アルタイの大平原を東北に横断し、モンゴルより更に黑龍江を降り、サガリィンに至り、渡島を經て東日流に至る。彼の民族の永住地ぞ、日の国、東日流にて永住を定めたり。既にして幾代かに継累し、途中にモンゴル民との混血ありきシュメール民は、先住の民と睦み、外の侵略なく泰平を此の丑寅日本国にて、神の救済を得たり。海の幸、山の幸、まさに故地に巫女の告げたる神の常在せる安住地たり。アラハバキ神は、かくして渡民族の心にて丑寅日本国に渡来せるものなりと能く覚つべし。

五、

獅子と蛇、古代シュメールにては神の像とてアラハバキ神を人間像には造らず、神の象徴とて造り今に遺る多し。古代より文字を土版に押して天日に干して藏し、古事来歴を遺す。吾が丑寅日本国の語部の如し。古代ペルセポリスのアッシリア文字、ペルシア、エラム、バビロニア、の三種になれる文字ぞ今に遺りける。チグリス、ユウフラテス河の畔に榮ひたる古代の都、古きはカルデア民のグデア大王にて文字は世に出でたり。紙とて無く石に刻み土版に押したるは、今も遺る多し。

シュメールのウル、バビロニアのバビロン、アッシュル、ニムルド、ニネベ、と都を移す攻防のさなか、エジプトをも勢下にせるアッシリア、これを亡したる新バビロニア、是の戦に故地を脱したる民のシュメール民が故地を放棄なして、神の告げなる東北にたどりて、神の天地ありとて心にアラ、ハバキ、ルガル、の神をいだきはるかなる吾が日本国への旅をアルタイ、モンゴル、アムールの大河を降りてサガリィンにたどり渡島を經て東日流に定着せしを、東日流にては先住の民ら迎ひ入れたり。

語部に曰はしむれば、これをツボケまたはツボ、更にツモとも曰ひたり。もとより東日流にはアソベと曰ふ先住の民ありたるも、何事のいさかえもなかりき。ときにシュメールのカルデア民の信仰にてアラ、ハバキ、ルガルの神ありて、先住の民なるイシカ、ホノリ、ガコ、の神と信仰併合したるはアラハバキカムイなり。

六、

古代の事は今にして全解に覚るは難し。説なき記の遺るも、その解明にぞ甚々困難なり。

筆頭の記は、古き瓶など、また石片に刻まれし語印なり。不思議なる事に傷負ひし者、此の語印を身に持つ事に治すと曰ふなり。

抑々、康平の戦にて安倍一族が軍旗とせるもあり、馬印に軍旗にせし騎馬軍に討死せるものなく、是を不死の妙呪と安倍一族に必持とせり。古代なる語印、はたして是の功あるに遺せしものかは知らざるなり。知らざれば何事にも誰ぞの流言にて、是の如くなれるは昔なれば當然にて鰯の頭も信心からとも曰ふなり。奥州に荒覇吐神を祀るは、太古よりの心の安らぎにて、今に猶、絶ゆるなし。

アラハバキ、イシカ、ホノリ、ガコ、カムイ、の十六文字の祈りを神に稱名し、一心不乱なる信仰ぞ大事たれ。

七、奥の百選 全

〽あらあらと 散らぬさきにと 峰の風
  生とし生ける 梢え吹きなん

〽惜しめども くれなひ染むる 楓葉も
  三世のよしみ 山みな散りぬ

〽苔石の 奥ぞはるけき 霧立てば
  梢えを見ては 山は浮なむ

〽流れ雲 風なきまでも 移り逝く
  いかなる風の 空に吹やも

〽谷渡る いともかしこし 鶯の
  霞みに閉じて 聲をかぎりに

〽たづぬべき 古巢にいそぐ ほとゝぎす
  わが身ひとつの はてはありける

〽枯葉散る もと根に土と 歸りなむ
  雪の降りしく 冬まちかねて

〽霜枯れて 猶立ち盡し あしの芯
  雪をも突きて 未だ折れけん

〽北上の 川打ち渡る 白鳥の
  冬に来たりて 春發ち行きぬ

〽鴨ぞ鳴く 山の湖 生保内の
  勝れて待たる 山吹の春

〽霞立ち 山路を行けば 濡れて見ゆ
  木の芽も春の 知られじなかは

〽舞草剣 親にゆずりの わが持たば
  目もくれなゐに 想ひ出づらむ

〽姫神の 峰より眺む 天の川
  八雲を伏せて 立つ流がるかな

〽あさみどり 荒れたる川の 木草にも
  春の告げなる 芽花ふくらむ

〽はねつるべ 地水の汲むる おきなにも
  常はさむらふ 鴉の聲

〽鴉の 架けにし橋に 渡らばや
  たまらずふらず 親しきだにも

〽別れ来て げにも盡きぬは みちのくの
  柴の葉染むる 中山の峰

〽涙色 四鳥のねぐら 定めなき
  夢ならばさめ 今を昔に

〽見そなはし 因果は今ぞ かこちなる
  手束の弓を 寄手に向けむ

〽鉄札を 閻魔の廳に 記るさるも
  金札あらば 憂ぞなかりき

〽多賀に出で げにや祈りつ あらはばき
  昔のことも 四拍に打つて

〽見えつらむ 衣の川の うたかたに
  云ひもあへねば 奥も尋ねじ

〽われからに 沈むもやらで ためしなき
  筏梶とる 北上の河

〽あからさま ふりみふらずみ 楢の葉の
  風ぞ通ふらし わびさびの家

〽憂きを身に わが住む苫の 潮見窓
  灰色とばる 沖は湧雲

〽思はじと 年のへぬれば 失はれん
  涙いとなき 命のみこそ

〽いかづちの 天ぎる空の 稲妻も
  それとも見えず 荒覇吐神

〽陸奥を飛ぶ 天の石船 あればとて
  笠石見つる 海に想ひぬ

〽鬼うつす 紅蓮の炎 せゝこまし
  火吹きの山の あな怖ろしき

〽塩釜の うらさび渡る 波月に
  こなた年ふる 秋やきめらん

〽夕されば 鶉鳴くなる 深草の
  風もくれゆく 月のみ満てる

〽雲水の 苔のさむしろ 根の枕
  峰吹く風も 法の聲かと

〽初日をば 年を忘れて 拝む朝
  東日流中山 旭日昇りぬ

〽たまさかに 短かき一夜 さゝめごと
  昴の光り 既に消ゆらん

〽散りまがふ 花をも待たで 旅立つぬ
  後髪引く 目もくれ心

〽夜もすがら 雨戸を鳴らす 秋風に
  人目をつゝむ われを覚さす

〽落道を まだ夜をこめし 東日流への
  あめはゝこぎて たどる糠部

〽補陀落の 旭日の邑に 清水汲む
  なづとも盡きぬ 菩提をこめて

〽澄み空に 天の羽衣 降りよとて
  梵珠の山は 天人昇る

〽何事の 常在ありや 山神の
  中山ほどに 傳へ遺りぬ

〽人待たで あへなく逝くも 死出の常
  弓馬の騒ぎ のぶかに葬ず

〽日に向ふ すなどり舟の あさまだき
  うろくづおどる 網寄せの唄

〽颱風にも 海士の帆立つ 安東の
  潮路はるけき 唐土までも

〽行くへをも 風に委する 東日流船
  北に梶とる 山靼までも

〽跡だにも 遺し給はず いづこなる
  安倍の菩提を 探す中山

〽わがむくろ 瀬音聞きなむ 辺に埋めよ
  訪ぬる人を 断つて爲すべし

〽わびさびに 心なけれど 瀧音に
  うきふし我は 陸奥こそ住家

〽用ひなき 刀も弓も 何となく
  手入れる我は 心無しとも

〽和田氏の 安倍にあづかる 遺物をば
  神のやしろに 〆て祀りき

〽尋ぬとも 苔に埋むる 安倍の墓
  こや中山の ひばに安かる

〽外浜の 霞みに包む 中山の
  苔むす石の 安倍の墓跡

〽東日流をば ねぶりに選ぶ 一族の
  国建つ故地の ゆかりありせば

〽なかなかに やたけの人の 忍ぶ里
  とてもの憂き身 よしなかりけり

〽人の世は 古へ今での 時襲ふ
  乱れしもとは おごれる雲居

〽名のみして 月も宿かる わくらはに
  花に辛きは 妄執の蔭

〽雨にわか 暫しと賴む 野辺の宮
  したゝり落る 雫あやなす

〽いづちにも 闇より闇の 鬼界あり
  脱がるゝ罪の 輩わありける

〽泣きさして 語るオシラの 告げなれば
  遠野の河童 今も居りける

〽うたてやな せんかた波に 幽かなる
  浜の明神 影もなく見え

〽やたけ人 老を隔てそ やごとなく
  郷に残るゝ 心悲しき

〽倭の海に 天魔鬼神の あらばとて
  神出鬼没の 人にまみえず

〽とことはに 昔はかえる こともなく
  たゞうつせみの 片道にあり

〽道もがな 穗を出でゆるゝ すゝき波
  虎伏すまでも 眺め塞ぐる

〽香をかげば 野菊も香高 陸奥野原
  月にもうとく 花の行くへに

〽白河の 関に時雨の 道けぶり
  これより陸奥と 心安らぐ

〽いたづらに 夕日も影を 長ぜしめ
  山の彼方に 我が家を照す

〽はろばろと たどる峠の 下り道
  駒岳望む 生保内の里

〽岩手山 澁民邑の 里人は
  峯に登りつ 荒覇吐神

〽生きて見る 此の世の修羅場 人と人
  他にあるまずや 我死後もなし

〽春は花 秋は紅葉 人の世の
  錦なりける さしも畏し

〽潮ぞ引く 干泻の砂の 貝掘りて
  昔も今も 人は群ぐむ

〽明けゆくや 消えゆく星の 青空に
  残る月さえ あるかなきかに

〽人の国 なびく嵐の もんたはず
  一期の思ひで 心なくれそ

〽虎出づる 支那の奥山 たつか弓
  かまえて旅の 国異をぞ知る

〽諷誦文 唱へひて歩く 佛僧の
  利益にあらん 身代衣

〽さまされて すわこそ怒る おくれにも
  草の根分けつ 曲者に起つ

〽みなかみの 陸奥を犯かせし 手にたつも
  安倍の一族 黄海に討伏す

〽渡島行く 大雪山の 花畑
  熊のたわむる さまに見つ見る

〽名にめでて うしろめたくや かげろふの
  ゆらぐむ道に あへなからめや

〽曲もなく 住まで世に經る さすらひの
  夢の世なれば いづちにながる

〽寝ぬる夜の 旅をし思ふ まどろめば
  背けし燭の 灯りほこぼる

〽たゝねにも 老に賴まぬ まくら水
  もどかしうつゝ さこそ心に

〽誰そよう あたりをとへば いとどしく
  いつをいつまで あらましぬさに

〽ゆきやらで かくこそあらめ 汐じまぬ
  露もたまらん よそにぞかはる

〽十三湊 出入れる船の 灯りあり
  朝早立つの 帆こそ風鳴り

〽五葉山 陸奥さす奥の しるべ山
  早池嶺山に 姫神山と

〽いさゝかも 変らぬ里の 炊煙り
  朝立つほどに 人はありける

〽吹浦の 帆を引きつれて 湊入る
  もろこし船は 印し挙げつる

〽いとどしく 嵐になびく なよ竹の
  折れつ曲らず 通らしむかな

〽寒太鼓 夫れ打つ陸奥の 冬祭り
  吹雪の水浴 肌湯気立つぬ

〽鳴り渡る 冬いかづちの 寒空に
  鷲の飛び交ふ 小湊の朝

〽朝もやの 湖に立つ水面 白鳥の
  泳ぐを呼びて 餌やるおきな

〽冬の夜 座敷童子の 遊ぶ影
  今年も居付く 曲り屋の奥

〽大湯気を 立ちこめ湧ける 玉川の
  湯浴も無ける 大寒湯泉

〽春起きる 熊の冬窟 またぎらの
  犬ぞしるべに 嗅つあと追ふ

〽みちのくの 駒を放つる 若草の
  いななき添ふる 子馬かはゆし

〽發つ鳥の 翼くつろぐ 白鳥の
  鶴立つ群を 水踏み追ふて

〽こぶし咲き まんさく咲きて 雪消ゆる
  陸奥の日和を 告ぐる土筆か

〽朝夕の 陽長にせはし 山里の
  人をかき出し 鶉の聲が

〽山もせの 炊焚く煙り たなびきて
  霞と閉ざす 山のかえがえ

以上百首皆詩人不知。

八、

丑寅日本古事の、記にある遺りき古書も、倭人にて著したるものには眞實ぞなく、賤しき人の種にぞ異なしむぞ多かりき。古事ある證を消滅し、唯倭讃になるのみ枝葉花實に僞付なして遺しめる古書なり。

丑寅には日本国の民あり、大王ありて、倭国とは基より異なれる国たり。此の国には国字あり、萬古の先より開化ありき。日本国とぞ號す大王統治の、倭に先越せる歴史榮ひある国たり。語部に書継がる歴史の事は、神代とて非らざるなり。山靼より無人なる此の国に新天地を開き、人の智を限りなくめぐらしめ、山靼の智識にて国を成ませる實成を、神代たる夢幻の史は非らざるなり。心正して世界にぞ目を開くべきなり。宇宙の創めより萬物生命の創まりを心して覚つべし。

迷信に造られたる神代の事は、歴史に非らず神話なり。

九、

倭の史は支那、朝鮮の古事に從じて創られきものなり。諸国の神話を集め神代を造り、諸々の古事傳説に神代を作爲し国史とて世に宣布せるの以前なるは、文字とて非らず、たゞ侵略無双に諸国の住民を圧して、その身命を下敷にして、神の天孫たるの威に大王たるの座に代々爭奪せるこそ史實なりける。

是なる代より、はるかに先代に在りて丑寅日本国は世にありけるを知るべきなり。人の智能未だ底かりし世に、山靼の各地にて毛象及び毛犀、大牙虎、大角鹿、大野牛を狩猟して在りきクリル民ありて、その民の追獸に世界に分布せし子孫ぞ、世界に至らざるなかりき。獅子雄神、蛇雌神を神とし、既にして埋葬儀ありて、亜細亜、寒土に今にぞ遺りぬ。人の渡り生々の故にかくなれるなり。

今は生遺らざる生物の膽抜くほどの遺骸あり。先代の天変地異の生物、篩にかけたる大自然の神こそ神にて、人の造りきものは、一切砂と砕け、水となりまた塵となりけるなり。何事もかくある哲理をわきまふ自覚に心あるべし。

十、

シュメールにて、ジグラートテメノスがウルにありて、神殿にアラハバキ、ルガルの神を祀り、文字を以て童より智覚を得さしめたり。然るにイラム民の侵略にて滅亡せり。

国亡びても、文字遺り、メソポタミアとて興りぬ。アッシリアなるニムルド、是もニネベに移りては二千年を過すとも世襲は変りたり。ネリア、新バビロニア連合の軍にアシュル・バニタル王の死後十余年にして滅亡せり。かゝる戦乱に故地を脱し来たるシュメール民はウルクの王、ギルガメシュの叙事詩の根本たるアラ、ハバキ、ルガルの神典を心に新天地への旅立が初む。シュメール民はトルコ、スキタイ、モンゴルを經てアムールを降り、丑寅日本国に至るは二度に渡りて山靼人とて永住せり。古代シュメールの智をそのまゝに信仰を併せ、大王を成らしめて、此の国を日本国とて民族併合して国なれり。

十一、

古き民の国稱、丑寅の国ツパンまたはヂパング、更にはハングとも稱したりと語部に傳ふなり。民族は多種にして、ウデゲ、オロチョン、ギリヤーク、オロッコ、オロユダ、クリル、モンゴルらの民渡りきたるは十五萬乃至三十萬年に及べり。ブリヤート、カルデア渡り来てより生産年中をして保食あり、人ぞ多住す。

かくの如き民族を併せしを丑寅の民とて、その地主あるクリル、アソベ、ツボケ、ニギ、アラの五族をして国を治めたりと曰ふなり。クリルタイとはこの民族なる集いなり。

十二、

学もなく、唯、獸物の如く丑寅日本国を賤しむる倭を渡島にてはシャモンと曰ふ。常に油断めさるなと曰ふ意なり。丑寅日本国にては、倭の民を曰ふはなく、その国にあるべく大王を曰ふはシャモンたりぬ。是なるは後世なるも、日本国の大王ありきは何事の障りなき故なり。以上右記原著人、秋田孝季、和田長三郎、本田乙之介、葛井忠成。

後逑

歴史は後代の者に僞傳を遺すを忌む。悪意に意識せるは後世にまたくりかえすあり。能く心得べきなり、と戒しむは秋田孝季なり。

末吉
長作

〽僞りの 歴史の上の 事傳は
  當ぞなからむ 秋風の常

孝季

和田末吉 印

 

制作:F_kikaku