北鑑 第五十巻

戒言之事
此の書は門外不出、他見無用と心得べし。亦、一書たりとも失書あるべからず。

孝季

一、

永き歳月をかけ古代に榮えある奥州の歴史は、世襲の權政に障りありて抹消され来たるも、實に世にありける證は皆滅難く、かしこに存在せり。なかんずく荒覇吐神社も、その例にありき證明なり。更には古代大王居の都跡の埋れし跡々、還都の跡は地に埋る幾多の遺物にて證虚と相成るゝを知るべきなり。

丑寅日本国の大王国、吾等は蝦夷とて永きに渡りて侵略の下敷に圧せられ、諸々の古事を失なふとも、国土、山川、大海までも失ふ事は非らざるなり。そして継血累の吾等が存續し、かゝる眞實の史傳を世に示すは、子々孫々たるの務めたり。

陸奥東日流奥法郡飯積之住人 和田末吉

二、

我が丑寅日本国の歴史に、神代たる夢幻の上史想定は露も無かりき。人祖の渡来国の肇めを明らかにし、その年代にあやまらず、古事なる記録は語部文字にて傳稱、事實正傳として今に遺しけるものなり。更に大王継累の五種神器の實在にて、大王の系譜ぞ阿毎氏、安倍氏、安東氏、秋田氏と相渡り、耶靡堆大王たるの正系萬世一系にして明らかなり。代々荒覇吐神を国神一統の信仰に保つ金剛不壊の大系に、民を安んじ、人命一義の尊重に、君臣の契固く、全能の荒覇吐神を奉じ給ふ民族傳統に来歴せる不屈の民族たり。

太古にして世界を知り、山靼の民族と交り、その歴史に満たるは、今にして遺る語部暦をして通用せるは、吾が国に造られたる唯一の智能たり。倭国は、はるかに下る後世にして、支那より渡る暦にて造史せり。日触を神話にせる天の岩戸隱れに神話を造りきは、その因なり。歴史の上を神代に造り、人の身にある天皇を高天原降りとて造るも然りなり。神勅とて稲の渡来を神代に奉るもまた然りなり。

我が丑寅の日本国にては、稲の渡来を明らかに倭国の先なる代にぞ、耕作の史實、稲架なる大稲子邑に傳はりぬ。

三、

我が丑寅の日本国古事に、神に委ぬる幻想夢幻の史は露もなかりき。人祖の渡来に基きて、その信仰にぞなる神事に諸傳ありとも、歴史に加ふ事、一切無かりき。

荒覇吐神信仰は、人の心に安心立命を説き、生々の限りは、すべて天命に安んずるの大要を以ての信仰なりせば、人、各々同じからざる心にさとし、教ひに於て耳、神話に説きて用ひたり。即ち、童におとぎ話を聞かしむが如きなり。智にある者には通用せずとも、かゝる順次に以て信仰を説くは、教導唯一の方便なり。然るに歴史と混同は赦すべからざるなり。

四、

古代ギリシア国は海を以て成れる国なり。エーゲ海、イオニア海に点在せる島々に歴史あり。ギリシア、オリンパス山、ピンダス連峯にて本国の地形を成し、エーゲ海の島々は、サンソス島、リムノス島、スキロス島、レスブオス島、キオス島、エブイア島、アンドロス島、テイノス島、サモス島、デロス島、ミュノス島、ナクソス島、コス島、ロードス島、カルパソス島、クレタ島、サントリニ島、キテーラ島、ミロス島、サラミス島、キクラゼス諸島、パロス島、等エーゲ海にあり。イオニア海にては、ケルキータ島、レフカス島、ケファリニア島、ザキンソス島、らありてペロポネソス半島にスパルタ及びオリンピア遺跡あり、アテネなるパルテノン神殿遺跡は大なり。エーゲ海よりダーダネルス海峽をマルマラ海に入り、更にボスボラス海峽を黑海に至る海路ありぬ。對する国はトルコにしてトロイの大遺跡ありぬ。

ギリシア及びトルコに遺る遺跡の數多けれど、何れも戦の過却に非らざる国はなかりき。然るに、古代オリエントの歴史に溢ふるなり。

五、

丑寅日本国の来歴に知るべくは、黑龍江の流れを遡り、モンゴル、アルタイを越えにしてシュメール、トルコ、ギリシア、エルサレム、エジプトを巡りて知るべくなり。

荒覇吐神の發祥の国より、その渡りを知るべくなり。古代オリエントの国々に遺る多神ありきも、今に信仰の継ぐるなき石神、神殿、都跡は吹き荒ぶる砂嵐に埋りて、移る榮枯の故事を愢ぶ。

王国ありて廢墟となり、山川に樹木も遺らざる荒地に住むる民に、古来永住に累代せるものぞなく、その遺跡に今も尚、吹き荒るゝ砂に埋り逝くぞ、悲しき想ひなりける。

六、

壮大なる亜細亜、その地の果は地球星の最大なる陸地なり。北極星を地球星の地軸に東に廻轉せる一日を二十四時として、三百六十五日を以て四季に渡り一年とす。

是れ、今ぞ知る通常なれども、古代人にして宇宙の運行を幾歳月をして能く觀測せし暦に知る處なり。吾が丑寅日本国に遺れる語部暦ぞ、古代の先端にありて是を感得せしは、世に誇るべき大事實なり。

倭人にして支那渡来の文字、信仰、暦に至るまで、何事の自究ありや、總て他力なり。また、日本たるの国號までも然りなり。

七、

至らざれば得られず。古代より生命を賭けにして、海を渡り、山川を越え、その国に至りて知るは、丑寅日本国古来の精神なり。

知らざれば百千年の計に遲るゝとは、吾等が祖先の立志たり。依て自から進みて、山靼に諸事を学び得たるものなり。大海の故に、古代の国土は護持され来たるも、世進みて陸に續くる倭人の進駐ありてより、このほかのものも侵犯されたり。

国を盗り侵略に勲なせる者を英雄とし、討伐を以て地の民を歸順せしむ者を軍神とし、その讃美の物語を造り、武士の扇動を謀りき大宮人の奸計は、まさに修羅道を人になする悪鬼なり。衣にまとう美食に更け、討伐になせる破民より奪ひし貢物に尚以て重税酷使に下敷く民より貢を慾し、人の生死を省りみざる歴史の敵は、神をして裁くるは彼の者なり。相見えざれども神の法則は是を久遠に赦す事あらんや、必ず報復の刑ぞあらん。

我が丑寅の民よ、その日は遠からず、民の手に裁を神は委ぬるときぞ近し。荒覇吐の神は、我等が今の苦しみを見屆けざる事ぞなかりけるなり。

八、

古代エジプトの歴史に遺るは、五千年前の事にて、メネルナルメル王の統一にて成れるも、三千年間に渡れる興亡のくりかえしに續きけるなり。ナイル河なる水流に添ふる農耕は、年毎に洪水せるは八月乃至十一月にして肥土を冠し、洪水の氾濫去りしナイル両岸の作物は豊かに稔りて富をもたらせたるも、洪水域少なき年にては、農耕地荒れて飢饉と相成りぬ。

古代人は號けてナイル河を運命なる大河とて、アメン神他多くの神を造りて祀りぬ。ギザの大ピラミット、クフ王、メンカウラー王、カフラ王の築きけるは各々三十年を要したりと曰ふなり。この他になるサッカラのピラミット及びダハシェルのピラミットも然りなり。ナイル河を登りては、テルエルアマルナ王の宮跡、デンデラのハトホル神殿、王家の谷、ルクソールのカルナック神殿、ルクソール神殿、メムノン大石像、ハトシェブスト神殿は葬祭殿たり。こゝにはラムセウム神殿も遺れり。更にはエドフのホルス神の神殿ありぬ。コムオンボにはコムオンボ神殿、アブシンベルにはアブシンベル大神殿遺りて、小神殿と倶に在りき。なかんずくナイルのギザにありきスフィンクスこそ、大なる獅子像なりき。

九、

エジプトの神は、ホルス神、アメン神、ラー神、アヌピス神、イスス神、ソカール神など異頭人體に造る多し。亦、スフェンクスの如きは人面獸體に造りきは、古代シュメールのアラ、ハバキ神、ルガルの神になる神話に習ふ多し。ギリシャまた然りなるも、人體像をして造れる多し。

メソポタミヤ興亡に依りて崩滅せるチグリス、ユウフラテスの両河にその古跡あり。シュメール時代になる先住民王、グデア王、次なるギルガメシュ王の叙事詩、文字の創国なる土版押のくさび文字は、我が丑寅日本国の語部文字の原典なり。エジプトにては是を自国獨字に造り、パピルスに紙の原始なるを造りて書遺せり。ギリシアにては羊皮に記して遺すこと多し。吾が丑寅日本にては木皮をはぎて記す。それマンダの木なり。

十、

カルデア民の遺せる宇宙の事は、先づ以て、太陽の赤道、黄道に春秋の交はるその間になる天體運行に基くものにして、暦を知るべくの創めたり。カオスの神に依る聖火に依りて暗は燒け、大光熱に却りき跡に残りたる灰粉の如き物質の集縮に依りて成れるは宇宙にして、マクロトゥームよりミクロトゥームに質性変化してなれるは、宇宙の天體なりと曰ふ。即ち、無より質への宇宙構成になる一歩なりと曰ふ。

エドワード・トマス 宇宙演説より

十一、

吾が日本国は、太古に起り大王国乍らも国を盗られ、一族ことごとく北斗の地に白鳥の如く巢だく故里とて、冬に来り、冬とともに去りぬ。是れ、安倍、安東、秋田氏と渡れる古き世の北落王安日彦王の子孫、日本將軍たり。荒覇吐神を国神とし、代々民の人命一義に大事とし、その泰平を護り来たるも、いわれなき征夷の箭面に康平五年を以て了れり。

然るに、北方は一族を救済し給ふ。厨川を落にし貞任の遺子高星丸、東日流平川藤崎の地にて再興しけるに、速進し海道を自在にて山靼交易に益したり。

日本將軍以来、陸奥羽に産金せし財宝にて、山靼にてはクリルタイに盟約せしめ、倭国と異なれる北方民族とて大いに振起せり。抑々、安東船とは是なり。交易にては、渡島住民の海産物、品切れなく山靼にては、安東船の来船を待てり。

東日流は地せまく、次男、三男の者は彼の地に歸化し、亜細亜のかしこに入植せり。擴き大地なる山靼に東日流より渡れる者、多しと曰ふ。

十二、

築紫に耶馬渓あり。宇佐川の分水嶺なり。亦、中津川も是に分水す。此の地に羽の庄内、賀州の犀川、渡島の院内の地名ありて、ヒメカと曰ふ女王の治むる国たり。耶靡堆と曰ふ處に王居せるも、移りて国東なる大元山に住めり。ヒメカ、女王を辞して此の地を正念の地と定め、入寂せし處なり。ヒメカの父王を耶靡堆彦王と稱し、此の地をヒメカに与へて賀州に移りて、此の地の川と同じ犀川と名付け、その奥なる三輪山に王居したる後、勢を得て倭国に入り、三輪山に居を置きて蘇我郷を開きたり。

十三、

舞草鍛治は砂鉄川の採鉄にて刃金とす。代々、金宝寿家に秘傳とせる奥州唯一の名刀たり。刀工は代々宝寿を襲名して、是を錬えたり。十六枚錬・二十三枚錬とて、平時刀・戦刀と相分つは宝寿の鎚打なり。刀身二尺五寸乃至二尺三寸五分に造り、もと反りにて直刃多くも、安倍氏直屬になりけるより大波刃、雲流刃に仕上たり。金氏はアルタイのシキタイ騎馬族の系にて、高麗仕官に王屬となりしも宝寿、日本国に望みて歸化す。

十四、

安倍氏馬術の要傳は、匈奴單于世系及び東突厥世系に両道傳来す。匈奴單于世系には、

頭曼─冒頓─老上─軍臣─伊稚斜─烏一維─詹盧─握衍朐鞮─句利湖─旦鞮候─狐鹿姑─壺衍鞮─虚閭權渠─呼韓邪─復株累─捜諾─東牙─烏珠留─烏累─呼都而─尸道皐─烏達鞮侯─蒲奴

と系ず。更に東突厥世系にては、

伊利可汗─乙息記可汗─木杆可汗─佗鉢可汗─沙鉢略可汗─莫何可汗─都藍可汗─達頭可汗─始畢可汗─處羅可汗─頡利可汗

等なり。

何れも山靼騎馬の雌雄を爭ふる軍にして、シキタイ及びモンゴルの系にある民族なり。此の軍團に歸化日本国人ありて、馬術師として再来せる者多し。吾が奥州馬術に、その術法大いに振揮し、騎馬戦をして敗るなかりき。安東氏にして是を重んじ、十三湊、福島城牧に常に一千頭を餌ひ放したるモンゴル馬、見事たり。亦、糠部野にもその數、五千頭と曰ふ。

十五、

奥州は産金・産馬の国なれば、倭人の草入甚々しく、里隱れありぬ。依て糠部にては久慈関戸、松尾関戸を設して警固せり。羽州坂田道、陸奥前澤口を以て馬道を閉じぬ。

されば、しばらくはやむるも、海船にてなせる抜道あり。茲に倭人の里隱る者を探究し、捕ふる者三百六十七人に達す。亦、奥州、羽州の金山にては、表金山・陰金山にての産金を以て治世の勘定を果したり。陰金山とは秘にして、世視に隱し一族の者さえ知る由もなき金山たり。東日流、渡島、飽田に来船せるは山靼、高麗、支那船にしてその産金、利益大なり。表金山とは世視の知る處にて、倭の隱密も是れになる他知らざりき。人隱し二年亦は三年とて、陰金山に入る者はなかなかにその秘に固きなり。陰金山の黄金は誰知るぞなく、安倍一族急事の必用とせり。金藏之事は未だに知る由もなきながら、その秘を知る秋田家の必中の秘たり。

前九年の役以来、源氏がこぞりて、陰金山及びその金藏のありか遂に見付くるを能はず、源氏が代々陸奥陸領に執着せしは此の故なりと曰ふ。然るにその秘處にあるは渡島、東日流とぞ一族のなかにも探捜せしも未だに見當たるものぞなし。

語部録に曰く。
「清水黄金をいだき地洞に淀む處に眠る。千尋の洞に入るは、図にしるべて叶ふ。破るもの盗人なれば、からくり迷路に惑ひて生歸るぞ難し。」
是の如く戒しむなり。

十六、

久しく無沙汰の段お許し願ひ、一書以て参上仕り候。かねての誓約、果すべくして果す事の得ざる失策の候は、この田沼の命運盡き候處なり。山靼巡察の候事は余が一存判断に候へば、諸事貴殿に及び候事なからんとぞ安堵あるべく候。山靼日記の候は江戸屆に候はず、貴殿一存に委ね候。急筆乍ら飛脚参らせ候。

十七、

山靼の儀、空しく了り候は断腸の想ひに候。今世界を無視に候へば、何れは鉄艦の火砲を諸湊に彈爆仕るべく舶来の敵に国は侵触仕るべく候。火砲一門その射程の候は、吾が国旧来の大銃に敵ふべくに非らざるは必如に候。是の憂え非らざる前に通商、開湊せざれば、国運のあるべく開運に遠のき候。

世界は我が国より進歩の候は、百年の先進にあるべく候。よろしく議あり、北前一湊なりとも開湊あるべく御意見の儀、奏上仕り候。

草々

十八、

一筆啓上仕り候。北前に條約の候は、事、無事に相済て御坐候。昨日、速飛脚の江戸に参らせ候砌り茲に急報仕り候。秋田殿の御便達、幾重にも感謝仕り候。

和田末吉 印

 

制作:F_kikaku