北鑑 第五十六巻
(明治写本)
戒言之事
此之書巻は門外不出、他見無用と心得べし。亦、一書たりとも失書あるべからず。
寛政六年
秋田孝季
一、
宇宙の神秘はその肇めより神秘たり。宇宙の未だ成らざる先なるは無なり。たゞ測り知れざる寒冷と暗黒なり。物質皆無。唯無限なる寒冷暗黒の一隅に起りき一点に、暗黒を縮圧せる重力起りて光熱を發せる一瞬に、その光熱は大爆裂し測り知れざる光りと熱に暗黒は誘爆し、そのあとに遺れる焼塵の漂ふは物質誕生の創めたり。號けて是をカオスの聖火塵と曰ふなり。宇宙の誕生は、此の大爆裂に遺されし聖火塵に依りて物質となり、集縮し銀河群となりぬ。その一銀河にそれぞれ星と誕生しける數は、一銀河に幾萬億と星々が一銀河を構成しけると曰ふ。
此の銀河の一隅に光熱たぎる日輪星が誕生し恒星と相成り、その餘塵になれる物質にて成れるは日輪の惑星とて、日輪の引力軌道に誕生せしは土星・金星・地球星・火星・木星・水星とて誕生せし惑星たり。亦、惑星にも月の如く衛星を従ふる地球星の如きありて、宇宙は遂に成れり。是の如く宇宙の誕生をならしめたるを、古代シュメールのカルデア民の曰く。アラ卽ち陽、ハバキ卽ち陰に、星は生死をくりかえし星をより多く誕生せしむと曰ふなり。星の死は爆裂して暗黒塵となり、その暗黒塵より更に數を増して新星が誕生す。依て、星の母體は暗黒の星雲より誕生すと曰ふ。
二、
地球星は太陽恒星の第三惑星なり。日輪との光熱に適當せる距離に軌道し、水の湛える惑星とて誕生せし地球星には日輪の光熱、地水の化合に生ぜし菌より種源と成長せし萬物の誕生と相成り、先づは水より陸に生物生命は各進化し、現世に至る生々萬物と遺りけり。自から耐生進化にぞ遅れしものは滅び、進化に在りきは遺れり。その生物生命より人間として萬物の先端に在りけるも、もとなるは種源の菌より成長せし一生物なり。
人間とは生物生命の進化に依れるたまものなり。人間進化の程は海生生物より陸に揚りて、小動物鼠の如きより成長し猿類となり、樹上生々より草原に樹下に降りて二足歩行に進化し人間と成長せる。先進と進化を速しめ、現代に猶以て智能に進化をやまざるなり。その故に人間が人間を圧し、その興亡の歴史は世に創まりぬ。
三、
人類誕生と萬物進化の中より白・黄・黒の肌を異ならしめ、その地の風土にそれぞれ誕生す。有尾より無尾へ體毛を去りて衣を着し、寒さに火を造り、狩猟に道具を造り石を割り、刃物・鉾・鏃を造り、住居を造り地産の幸を求めて新天地への住み分をして、地球星の草木の茂る處人の住まざる處なかりきなり。人の住ふる處にぞ必ず遺跡あり。古代のさまを今に遺しきは人の進歩なり。生々進化の程は、人間耳ならず。陸に生息を断って海に歸生せる鯨や魹らあり。島に生れ、翼を退化せしあり。獣にありながら空飛ぶあり。萬物各々子孫を遺すに何れも進化の無きはなし。
人は智能を以て衣食住の生々には草木を用ひ、土石を用ひ、他生の皮を用ひて生々の便となし、言葉・文字までも遺しきは卽ち歴史の遺す創めなり。人は神を感得して生々の安らぎとし、その哲理に信仰を起し、書を遺せり。智能に達せる人は討物を造りて人の安住を襲ひ、その略奪耳ならず人を奴隷とせり。依て、これに構して戦に勢を決すと曰ふ。國の爭奪、やがては海を渡りて遠征せるに至り、世に戦の絶ゆなきも人なる生々の相なり。かくあるを諸々に遺せる書を歴史と曰ひども、人は智能の故に勢權に在る者は自己讃美の史書を遺し、是を偽と構する者は誅さるなり。然るに智能長じては、實耳に遺さんとせるも人間なり。
寛政六年
秋田孝季
四、
冬景色昇る旭日に、山岳は黄金に原は白銀に日輪を迎ふる。朝の日の出、雲一片もなき日本晴ぞ見渡すみちのくの野づらに四方を眺めて曰ふことなし。中んづく春に移りては草木國土、空自せしまに紫染む山草花にめで、古社の松風・蘿月、槿花一日の榮に春は逝く。流る河の水辺に涼を遊ぶ童らの夏はきぬ。うろくづを釣りし小川。山賤に山菜摘む乙女。一樹の陰に涼風を裾に袂に入れ、休むさまぞ艶めかしき。蝉ぞ鳴き夏は散り、秋は錦の紅葉。山みな染むるも、冬立って枯葉木枝に離れしは淋しき。初雪やその葉枯枝に降り咲くさま。また早くも心は迎春に、逝く年来る年に鐘を聞く。
孝季日記より
五、
みちのく歌草紙一、
〽あらかねの
ただら踏みける
鑛山の
山賤の汗に
鎔鐡たぎり
〽金銀の
鑛に求めて
山尋ぬ
山師の越ゆる
岳は霧這ふ
〽熊狩りて
またぎの衆は
安日神に
捧ぐ祈の
かむいのみかな
〽山のかひ
春の瀬音や
蛙鳴く
かげろうふ立って
花は盛りに
〽すみれ咲く
小さき春も
童には
春をまたるゝ
いたはりの花
〽おぼろ月
野山に霞む
里照らす
春の今宵に
憂く人ぞなき
〽鶯の
聲にこだまむ
せゝらぎの
山に盛りの
山吹は散る
〽山村に
童聲立つ
彼岸日の
苔なす墓の
香煙かんばし
〽春は逝く
野良の夕暮れ
日は永し
駒は子を産む
糠部の野づら
〽春立て
野良に總出の
村人は
堰掘る群に
犬もかけぬる
〽春の花
こぶしまんさく
猫柳
雪のうちより
早や咲にけり
六、
昔より机に向ふ耳にて史書を書き、他書を多數に得て己が判断のまゝに記せる作説なる史書ぞ、倭史の大集史なり。然るに我が丑寅日本史は、樺太・千島・渡島そして丑寅日本の坂東までも世にある事を諸々の語部に依りて代々記されし史傳を集成せるは、本巻を他に一萬數百になる古今の史書なり。何れも倭史を以て記せしは一巻一行にも非らざるなり。語部録とは、古字にして異土數國の文字に我が國古来の語印を混合にして、七種の文字にて記せし諸々の古事を修成集編せしものなり。
依て漢文は一字も是れなく、通稱語部文字にて記さるゝ古書にあるを參照の他、丑寅日本國の史書に加へたるはなし。唯一説二説より多説にあるとも、どの説たりとも除く事の無く、書き記したるは此の史書にして、是ぞ私意ぞなき史の綴りたり。依て、史書に基きて諸國を巡脚して更に史證を得てぞ記しきは本巻の修成なり。史に私を加ふる書行は作為に眞を離るゝものなり。亦、他史を著したる者を誹謗せる私事も然りなり。史の眞實を求むは脚労・聞達・求明に耳眼をそゝぐべし。是ぞ史の綴に要たり。
七、
冬や通らし春を告ぬる霞や木々。山里の間に這ふる墨繪の如き景環に忘れずなほとゝぎす。早来啼て芽吹く木草。若葉より先咲く蕗の薹は、残雪の消え方に追って咲きぬる黄金色、目に付きにけり。立居心なけれどさかしに摘みとりてつゝまし乍らに食菜とせり。河よりをちの山は鏡に仮りて映り、物いひさがなき長閑にて岩木山みちのくの大里に三つ峯を聳ゆかしむなり。
〽富士見ても
富士とはいはん
みちのくの
岩木お山の
雪のあけぼの
東日流古歌にぞ風流たり。羽の道をして旅を思ひ立つ。雪の冠峯岩木山を後に西濱に脚を進めて飽田に入りぬ。安倍一族東日流放棄以来、鼻和郡狼倉に髙舘を築きたるは安倍義季。外濱後泻尻鉢城を築きて南部勢を一挙に挾討せん企ても間諜あり。両城ともに不意を突かれて落城し、義季は檜山城に。尻鉢城主安倍政季は捕れたるも、宇曽利の蠣崎藏人に助けらる。時に享徳甲戌年なり。以来猶以て東日流への復領を求めず。
渡島十二舘、飽田檜山城・土崎城・北浦舘を所領に固めマツオマナイには阿吽寺、飽田には補陀寺・湊福寺・石尊寺・日積寺らを建立しその治領適切たり。義季、檜山城に潮方政季を入れて渡島を蠣崎藏人に委領せり。依て茲に檜山城派、土崎城派の内訌起り永く泰平ならざるに是を一統併合せるは安東愛季なり。然るに併合に離脱せる家臣は退けられ、秋田城之介實季の代まで治まらず。
八、
厨川を膽川・双股川に登りて仙岩に盡きる處に膽川双股城あり。澤落合なる髙岳に舘跡今に遺す。是れ、安倍入道良照が築城せしものなり。川岸に牧あり。常に千匹の馬を放つ。軍事に備ふ隠城にして厨川柵の支城たり。常住せる城守衆三百人にして仙岩峠の彼方、生保内城と通常して安倍一族の傷病を癒す。是の城ありとは、前九年の役にて源氏の知る處に非らざるなり。
髙台平地にして水利よく、土壁を以て柵をなし、本舘さながら樹立に幽む。討攻むるも澤濠・急崖の要害自然に備はり、生保内城と等しきなり。山道・山辺に通しめその難に避くる備ありて、安倍一族の他に知る人もなき秘城の縄張りたり。安日城道・淨法寺道・生保内城道あり。常に人命の護りを一義とせる施工たり。此の建立は承久二年にして、安倍良照が五年を經にして落慶せり。
九、
安倍一族の庶家の区割領は一郡にして奥州・羽州に擴く存す。中んづく宇曽利・東日流・渡島を常に大事とし、日本將軍の地領下、民に流通を謀りける。鹽の道・馬追道・商行道・駄運道・隠道の五道を施し民の安住を先きとし治政す。その道々の要所にからくりありて、落避の道は敵の追手を断ぜる落橋・崖石閉ぎありて、迫を造りて誘敵必滅のからくりを密とせり。安倍富忠の反忠に、此のからくりに死せる多しと曰ふなり。中んづく猿石川・和賀川・衣川・江合川・阿久里川・双股川・安日川になる添道は要害たり。
十、
みちのく歌草紙二、
〽憂しとは
似合はぬ僧の
殊勝なき
いふ程こそも
いづちあらめや
〽みちのくは
浪も玉散る
三陸の
濱添ふ邑の
磯香は髙し
〽見うずるに
空にし風の
天ざかる
冬を名殘りて
いづち逝くなむ
〽たゝねして
睦言洩さじ
なまめける
心もどかし
こりのなく音に
〽みちのくは
下と上との
さまうずる
眞にしるしき
あるかなきかに
〽水の月
忍ぶもぢずり
よしなくも
まだき時雨に
映し消えむる
〽時めきて
廻りあふべき
みちのくの
渡るかりがね
程だにありし
〽あかざりし
岩木の山の
三つ峯に
八雲かゝりて
降るは春雨
〽ほとゝぎす
暮れなばなけの
また寝して
心うつゝに
花をし思ふ
〽誰そよう
あたりをとへば
まぎれある
鶯羽風
花をわたりて
〽散りじりに
文のひぬまに
いとゞしく
しのぎを削り
いつをいつまで
〽たゞ勇み
怒りに燃えて
ほぞをかむ
鎧の袖も
矢に立つ血染む
〽かたしきに
裳裾をはへて
幣を取り
仰ぎ曰ふさく
荒覇吐神
〽一つ世の
人は絶えねど
百々歳に
残るゝ人は
名ぞ置き去りぬ
〽かまひては
石橋たゝく
心にも
心つくさせ
不覺の涙
〽ひたすらに
一の老體
ゆゝしくも
何かつゝまん
葉末の露と
〽世に在りし
つとなき心
つらければ
うはなり打ちも
萌え出で染めし
〽妄執に
誰松蟲の
音に聞きて
思ひうちある
ものはかなしや
〽身の露は
さてしもあらぬ
浮草の
流れいづゝに
よるべなきかな
〽栗めしの
ありつるうちは
まさり草
いそぢ離れて
光をかざる
〽身の程は
あすをも知らぬ
荒海の
帆をひきつれて
追風招く
十一、
糠部より淨法寺に至る川添へに古人の脚跡多く是を荷薩體道と稱す。糠部より宇曽利に至るを、東通道と外濱道あり。東日流に至るを都母之道と稱しぬ。糠部は名久井郷・金田一郷・戸来郷・階上郷・糠塚郷・馬淵郷・相内郷・砂鐡郷の八郷に成れる糠八郷とも曰ふ。古来津保化族の渡着地にして、尻内・平内・相内の集落ありてその古代を愢ぶる處なり。相坂川・馬淵川・荒井陀川の流水の水戸なす處、倉石川も相加はりて四流に大野なせる處にて産馬の適生地たり。糠部湊の漁𢭐ぞ住むる民の衣食住を富ましめ、三陸道・大湯道・岩手道にぞ海産物の流通ありぬ。
宇曽利とは東通道を大間・佐井・川内を週し、平内・野辺地に至り糠部に至れる流通もその荷駄道往来の絶ゆなし。古代にては都母の平内、大いにして東日流大濱・三内との往来あり、孫内をして行丘に至れる道あり。栗・稗・米の通商ありと曰ふも、その跡道を
十二、
春は芽吹き、華の香霞に漂ふのどかしさ。夏来たり草木の緑、苔香のにほふ生の盛り。秋来り、草木皆實を稔りぬ。木々皆紅ひ染めて逝く秋に、冬来りなば見渡し限りの銀世界。浮世の塵を白に包みなす自然の四季も、かゝる自然にも異変あり。天変地異とは、生とし生けるものゝ死に招く禍ひと背を合す生々たり。大地を割りなす地震。海涛を逆巻く大津浪。陸海に襲ふ大龍巻。火泥を吐く噴火。大風に添ふる大雨洪水。更には流疫や大旱魃と飢餓、人との戦乱。人の權力に民を憂はしむ惡政と立法は、神の天秤になる平等攝取の天命にも反きぬ。
人に生れ乍ら民を下敷に、神とて君臨なす世襲の威王や民を貧窮に落しめ、その報復は國を亡ぼしむなり。荒覇吐神は天地水の化身にして全能なれば、民を見捨給ふべくはなかりき。神は常に平等なれば、民一人として日の光り與へずと曰ふはなし。丑寅日本國の國神・荒覇吐神はかくして一統信仰にありぬ。依て神を祀りきは、雲を抜く山の聖地や、コタンのなかに人住むチセを家棟の上に越して髙樓を建て、神のヌササンとせり。聲を合せて唱ふる祭文は次の如くなり。アラハバキイシカホノリガコカムイ是をくり返すのみなる祭祀をイオマンテと曰ふ。
十三、
洛陽南都に起りし古事の事も、丑寅日本國史にくらぶれば、その古事歴を溯りては幾千年の差に、大王暦は新しきに在りぬ。丑寅日本國に人祖の渡り来たるは、凡そ十五萬年乃至三十萬年の過却に時を去りにし歴史の相違ありぬ。人祖、山靼にあり。西海、氷凍に橋かゝれるとき渡りきたるものなりと東日流唯一の語部録に證しぬ。
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是の如く傳へ遺りき。神を信仰し、是を民族一統信仰に崇めたり。
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是の如く神を説き、今上に猶遺りぬ。
十四、
みちのく歌草紙三、
〽月も日も
行人征馬
盡きねども
もる我さへに
無常音なき
〽ほの見ゆる
風もうつろふ
年もへぬ
照らさざらめや
平等大慧
〽日髙見の
うらさび渡る
水の面
河水をもくめ
こは日乃本ぞ
〽立つ渡り
月だにすまで
汐曇り
こゝも名に立つ
男鹿の岩波
〽尋ねゆく
我がまだ知らぬ
山靼の
擴きにまどふ
蒙古の野づら
〽故郷は
あはれ昔の
戀しきは
心に盡し
思ひ出づらむ
〽目もくれて
心も消えなん
あじきなや
たづきの敵に
打つ引く砌り
〽月に降る
まだ夜をこめし
下露に
こともおろそか
忍ぶもちずり
〽月に啼く
渡るかりがね
夜影群れ
なづとも盡きぬ
聲のあやなす
〽草の露
人の歎きを
白川の
跡のしるしに
仰ぐ那須岳
〽身の秋を
見る目も輕き
うらぶれて
苔の衣に
死なれざりけり
〽道芝の
露をはきての
墨染めに
深立つ空の
啼く夕ひばり
〽いぶせくて
藁屋の我が家
わくらはに
夢を覚さす
また蟬しぐれ
〽手束弓
鎧の糸も
保たんに
秋や通ふらし
心なけれど
〽月ならで
あるべき住まひ
觀ずれば
陸の爭ひ
思はざりけり
〽今ぞ知る
皆報ひとぞ
ありがひに
人はあだ浪
足引きの常
十五、
陸羽の境を背なす安達多羅山より吾妻山・板谷峠・二井宿峠・金山峠・熊野岳・笹谷峠・面白山・船形山・鍋越峠・鬼首峠・荒雄岳・栗駒岳・焼石岳・白木峠・眞昼岳・和賀岳・仙岩峠・駒岳・岩手山・安日岳・十和田湖・赤倉岳・櫛ヶ岳・大岳に至る嶺に安倍一族の秘ありぬ。此の山脈に數なせる金山のたゞら跡は森林に幽閉さるるも、日本將軍代々をして産金にあり。その積藏は幾萬貫と曰ふ。安倍一族は代々にして産金して、その所在をして秘の秘たり。忍びをして是れを探りたる源氏は、藤原氏にとり入りて奥討伐を望みたるも、金一片たりとも得ず。
十六、
古代東日流の進みたる古代文明のありきを、歴史に抹消し倭史に順ぜしむ事は、國祖に背反せる行為なり。今にして如何なる小邑と雖も倭神の入れざる處はなかりき。丑寅日本國たる古代文明開化をば塵も遺さゞる如く、唯化外のまつろわぬ蝦夷として蛮人の輩におとしむるは忿怒やるかたのなき、犬尾を振ふ皇道史觀たり。我が丑寅の國は、倭國とはもとより、國の主流たる國たり。歴史のはるかに溯り大王の成り坐せる日本國とは坂東より東北にあるべく本来の國たるを知るべし。
十七、
みちのく歌草紙四、
〽吾國は
北に峩々たる
連峯に
天ぎる雪の
なべて降れゝば
〽荒覇吐
神は同じ名
平等の
天にも地にも
他にはあるまず
〽朝幕の
呵責の責に
みちのくは
耐えて久しく
報復を待つ
〽みちのくの
弓は三物
心して
そむきし世をば
破邪顯正
〽うとからじ
よるべの水を
汲まずとも
水も無く見え
みちのくの原
〽白眞弓
返らぬもとの
やごとなき
老な隔てそ
會稽雪がん
〽此の國は
民のものなり
大王の
意にはならざる
神の託宣
〽衣川
やたけわなゝき
関閉じて
激しよそほひ
楯垣二十重
〽丑寅の
遺るながめの
厨川
人はあだなる
心すみにし
〽あはれ知れ
霜に朽にし
道芝の
洩る草木も
明日を想へば
〽けだかきは
岩手の山の
朝ぼらけ
無為に入らばや
みなのぼりきね
〽陸奥とはに
空も重なる
雲の旗手
雪を廻らす
あらはゞき神
〽春駒の
野もせにすだく
瀧澤の
弓馬の家に
夜明け待たるゝ
〽しのゝめの
なびく嵐も
むば玉の
多かる花に
風を通ふらし
〽いづちかも
知らで尋ぬる
子の行方
親なればこそ
程も久しく
〽夕波も
白帆に染むる
夕色の
安東船は
潮路をためず
十八、
弱肉强食とは、自然なる生々萬物の生死連鎖の、神の赦せし處なり。然るにや萬物の中に、人間ほどに慾あるはなかりき。衣食住に贅澤なるはなかりき。依て、人間の勝手たる生物生々に侵害しその種を世に生滅せるありて、神の法則に反し報復を受くありぬ。生々のものはかゝる乱獲せる處に来るなく、新天地に安住を移しむるなり。萬物はいずれにも魂のなかりけるはなし。
荒覇吐神の信仰をして曰はしむるは、天然の萬物の適生を破るゝは罪なり。まして萬物の一種たりとも滅せし者は、生を甦えすことなけん。生命種の存續を生々に滅するは、神への反逆なり。依て神は人に農耕を覚らしむるも、猶人は贅澤に更けなむ。如何に食三昧にありとも、人の寿命に巧のあるべくもなく、天命はそのものを裁くなり。天命に逆らふは、死と苦責に神の罰あるのみなりと心得べし。
十九、
生死は常に輪廻し、罪障の因果はめぐり、常にして業報もまた輪廻す。世に人間をして生る者に、罪なきはなし。因果應報とは、己が罪を世に隠しとも神佛は見通し、世に裁かるより尚重き罪に堕ひなむ。然るに生々のうちに、惡を轉じて善生に終る者は、新生甦えりの境に安樂ありと曰ふは荒覇吐神の信仰なり。惡より善に轉生せし生涯に實生せしは、善の善道より猶强しと曰ふなり。
荒覇吐神は實に救済し、偽には見捨て、惡を犯す者を天誅すと曰ふは古来よりの要たる信仰なり。かるが故に、前九年の戦に降りけり民を戦の場に殉ぜしむるは罪にして、救ひを先とせるこそ古来安倍一族の一義たり。大祖安日彦大王にしてもかくなればなり。人の命は神よりの天命にあずかりしものにて、己が自在になるはなかりけり。能くその報いあるを己が生々に省りみて今より正しべし。
廿、
古代より荒覇吐神の信仰ぞ、世に今をして遺りけるは、神の神通力をしてその全能なるが故なり。信仰にして迷信にあるはなく、眞如實相の他にあるまずく、吾が丑寅日本國の國神たるの一統信仰に渡りきは、倭の地にも少なからざるなり。神を心に固きは心に惡業を去らしめ、生々に安心立命を全とうせんが信仰なり。此の神は吾が國のみならず。
古代オリエントの幾多に渡る宗教の、聖教の故に教への種子となりぬるを、古代カルデア民グデアまたシュメール王ギルガメシュの叙事詩と相成りぬ。世界に遺る教へ・遺らざる教へも、全ては神のなせる業なり。吾が國のみは五千年前に渡来しきアラハバキ神をそのままに遺しめたり。信者はたゞ一心不乱にして唱ふ耳なり。アラハバキイシカホノリガコカムイとぞ天に仰ぎ地に伏して、水に五體を清めて唯一心に祈る耳なり。
廿一、
本巻北鑑五十六を筆了に當りて申添へ置候。本編蟲食甚々しく候へば、あたら日々を重ね候。著者秋田孝季殿に申譯無く候は、字の當つるあり候事。漢書を明治・大正現代讀に改書せし事の候は、世の世襲に添ふ便を執りて候。爾来是を失ふなく保たれん事を子孫に申置候者也。
右老婆心乍ら如件。
大正六年七月二日
和田長三郎末吉
昨年今年之報
- 一、吉野作造、民主主義を説く。
- 二、本多光太郎、KS磁石鋼發明す。
世は正に奥州古代に甦えらんとす。
和田末吉 印